日本のみならず世界中のIT市場は、新旧のベンダーが「AI」を旗頭にさまざまな提案を続けている。とくに新規参入は極めて多く、樹林AIもその1社だ。ファウンダーのライス・オオイ氏は「もはや日本のコンタクトセンターは、既存の運営モデルでは持続困難」と指摘。部分的なAI対応ではない、「全自動化を見据えたAIプラットフォーマーとしての提案」を志向する。
人が採れない、育たない、定着しないーー日本のコンタクトセンターが直面している課題に対し、運営企業もIT各社も「生成AI」で活路を見出そうと躍起になっている。
なかなか電話がつながらず、メールも返ってこなければFAQでは解決できない。これではもはや顧客接点として機能していないといえる。2024年に創業し、すでに大企業が運用する樹林AIのファウンダー(創業者)、ライス・オオイ氏は、「人手不足と高離職率に起因するコミュニケーション・コストの上昇」を最大の課題として指摘する。「米国などの英語圏では、インドやフィリピンなどのオフショアを含めた選択肢があるが、日本はそうはいかない。日本人だけで人手不足をカバーしないといけないコンタクトセンターは、大きな危機に直面している」(ライス氏)。
とくに夜間や休日まで含めた応対を人手で維持するのは困難を通り越して不可能に近く、従来型の需要(呼量)変動に応じて採用、教育、配置を繰り返す運営モデルは限界だ。ライス氏は「応答率の低下、24時間対応の断念、後処理負荷の増大が、顧客体験と収益機会の双方を損なっています」と強調、樹林AIはこの“目詰まり状態”の解消を提案している。
さまざまなコミュニケーション・プラットフォームやアプリケーションベンダーが生成AIに対応、顧客対応の自動化を訴求しはじめているが、その多くは、少なくとも現段階では「部分的な自動化」を志向している。一方、樹林AIは、すべてのコミュニケーションの自動化を標榜しており、その点は大きな違いといえる。
提供するソリューションの主な特徴は以下の6点だ。
「音声認識から応答生成、後処理までを一気通貫で自動化し、例えば損害保険における事故受け付けのような複雑な初動対応にも適用できる」(ライス氏)というように、難易度の高い顧客対応でもこなせる可能性を示している。また、ボイスボット性能については、「AIに話しかけて返事が返ってくる速度は世界最高クラスと自負しています」(ライス氏)と、認識性能とレスポンス速度には絶対の自信を持っているようだ。もちろん、ISMS認定など、情報セキュリティ対策も施している。
とはいえ、少なくとも日本のコールセンターにおいて、いきなりすべての顧客対応をAIオペレータで実践するのはかなりハードルが高い。ライス氏も、「もちろん、有人対応へのエスカレーションも柔軟に可能。特定のキーワードの出現で転送するといったこともできます」とハイブリッド運用を視野に入れた展開を見据えている。
柔軟性の高さとともに、メンテナンスなどにもAIが稼働するのも特徴の1つだ。AIの出力の間違い(ハルシネーション含む)の際の稼働について、ライス氏は「一般的に担当者がプロンプトをチェックしたり、ナレッジを見て原因を探る必要がありますが、樹林AIはAIエージェントのフィードバックを分析させて自動修正することも可能」と説明する。コミュニケーションのみならず、オペレーション部分の自動化が大きな訴求点といえそうだ。
2月、樹林AIの代表取締役会長に就任した大沢幸広氏は「単なるチャットボットやボイスボットではなく、“業務そのもの”を自律的に実行するAIエージェントプラットフォームとして提供します」と強調する。もともとアダムネット(現在の三井情報:MKI)でコンタクトセンタービジネスを手掛けていた大沢氏は、樹林AIのソリューションをプラットフォームとして活用したAI-BPOビジネスも同時展開するべく、新会社、アイロビーも設立。これによって、樹林AIはSaaSの販売で終わらず、BPOのプラットフォーマーとしての展開まで射程に入れてはじめた。アイロビーは樹林の仕組みを用いて全自動運営を担うAI-BPOの実装主体として位置付けられる。
生成AIソリューションがこれまでのITソリューションと異なる最大のポイントは、「現場業務に溶け込む仕組み」という点だ。従って、情報システム部門やITベンダーに丸投げして「導入したものを使う」というやり方ではその性能を活かすことはできない。しかし、日本のとくに事業会社には、IT人材が絶対的に不足しており、コールセンターも同様だ。期待できるのはSVやリーダー層だが、一朝一夕にリスキリングできるものではない。すなわち、AIを導入したいが現場に運用人材がいない企業に対し、ソリューションと運営を束ねて提供する構想はマッチングするといえる。
日本のコンタクトセンターは、その歴史において電話、メール、チャットなどのコンタクト手段が比較的短期間に多様化し、かつさまざまなITソリューションをインテグレーションした結果、“部分最適の繰り返し”で成立している側面が強い。樹林AIは、コンタクトセンターをその「部分最適の寄せ集め」から「前後工程を束ねた自動化基盤」へ再定義しようとしている。
競争優位性を断定できる段階ではないが、まずは音声、テキストといったチャネルと後処理、そして運用代行(AI-BPO)までを1つの構想に束ねている点で注目に値する。コンタクトセンター運営企業が今、問われているのは、もはやAIを入れるか否かではない。どこまで業務をAIに委ね、誰がそれを運用するのかという判断といえる。
2026年05月07日 09時00分 公開
2026年05月07日 09時00分 更新