戦略編
第2回
「自社のコンタクトセンターでもカスタマーサクセスを導入しよう」と考える企業は増えているが、「導入に成功した」「大きな成果が出た」というケースは少ない。前回は、その原因を指摘し、「コンタクトセンターならではのカスタマーサクセスのあるべき姿」を解説した。今回は、コンタクトセンターでカスタマーサクセス導入を推進する際に重要となる、「顧客のサイコロジーに寄り添う」手法や効果を説明する。
前回は、コンタクトセンターで目指すべきカスタマーサクセスの在り方として、「サポート型のカスタマーサクセス」を解説。「顧客の成功の定義とKPI化」のため、顧客理解を深める手段としてサイコロジー(普段言語化されない心理や価値観)データの活用に言及した。
今回はサイコロジーデータの活用方法を解説する。
多くの企業は、年齢や性別などのデモグラフィックデータから、顧客のセグメンテーション(顧客の分類と、対応の最適化)を実施してきた。高齢者の受電には大きな声でゆっくりと話すなどの対応は、わかりやすいセグメンテーションの例だ。また、近年はWeb上の行動データを用いて、サービス利用度に応じた顧客のセグメンテーションを実施する企業も多い。
しかし、これらのデータだけでは「顧客が真に何を求めているか」は把握できない。例えば、同様に保険の補償拡充を検討中の人でも、家族の健康の変化をきっかけに検討を始めた心配性な人や、子どもが産まれたことで将来を考え始めた堅実家など、行動の裏にはさまざまなサイコロジーが存在する。心配性な顧客には、共感を持って感情に寄り添う応対が有効な一方で、堅実家にはライフプランなどの提案が有効と考えられる。
このように、顧客がどのようなサイコロジーで、何を求めているかを特定することで、顧客の喜ぶ点を把握できるため、これまで実現が困難だった細かさで対応の最適化が図れる。顧客視点でも自身に寄り添った対応がなされるため心から満足しやすく、総じて顧客の成功達成につながりやすい。
サイコロジーデータを用いた顧客理解の基本コンセプトが図1だ。自社のCRMや行動データなどにとどまらず、インタビュー調査なども用いて、サイコロジーから、より深く顧客の心に響く対応を目指す考え方になる。
この考え方を荒唐無稽と感じる読者もいるかもしれない。しかし、本手法はマーケティング領域で一般化しつつある手法だ。
例えば、某ホテルグループでは自社の潜在顧客について、心配性・内向的などのサイコロジーをSNSの投稿内容などから特定したうえで、心配性な顧客にはオールインクルーシブプランを提案し、内向的な顧客には静かなリゾートを提案するなど、サイコロジーに応じて最適な配信・対応を行い、3カ月で飛躍的な売上向上を実現した。
このようなサイコロジーデータを活用した顧客理解の手法は、多くの企業の試行錯誤を踏まえ、一定の方法論が確立されつつある。
マーケティング領域の詳細な方法は割愛するが、顧客との対話が重要なコンタクトセンターでも、本手法は活用可能と考える。ただし、顧客と直接、接するコンタクトセンターでは単純な適用は難しい。ここではまず、とくに生じやすい3つの障壁を説明する。
障壁(1):対応範囲の広さ
1点目は、購買促進など目的が限定的なマーケティングと異なり、コンタクトセンターでは顧客のさまざまな困りごとへの柔軟な対応が求められる点である。すべての問い合わせにサイコロジーを用いた対応を導入すると、多くの対応パターンを設計する必要があり、導入の負荷が大きくなりやすい。
さらに、問い合わせの種類によっては望んだ効果を得られないケースがある。例えば、単純なサービス利用方法の問い合わせは、サイコロジーを深く理解して対応しても顧客満足度は上がりづらく、効率性の観点からも得策ではない。
障壁(2):対応の即時性
2点目は、受電時など、顧客理解から対応までに即時性を伴う点である。さまざまな作業に追われるオペレータに、負荷を少なくサイコロジーデータを活用し、対応してもらうことが必要となる。
障壁(3):顧客の個別性
また、顧客をある程度マス(大きな枠組み)で捉え、広告などにより広く情報を発信するマーケティングと異なり、コンタクトセンターは1対1の対応が基本となるため、顧客のテンションや感情をより深く捉えた、個別の対応が求められる。そのため、顧客の個別性も踏まえたうえで、リアルタイムな感情にも寄り添う必要がある。
総じて、コンタクトセンターではサイコロジーを用いた高度な顧客理解を実施しても、いかに運用に落とし込むかがカスタマーサクセス推進時の障壁となりやすい。
サイコロジーデータを用いて顧客対応を高度化する際に生じやすい、各障壁の解消方法を述べる。
障壁(1):対応範囲の広さの解消法
対応範囲が広いコンタクトセンターにおけるサイコロジーデータ活用は、問い合わせの種類と呼量に応じて、優先的に対応すべき領域を定めることが重要となる。例えば、顧客満足度につながりやすく呼量も多い問い合わせは、サイコロジー活用の優先対象の領域となる。そして、優先対象とならない領域も生成AIなどのテクノロジーを用いて人力の対応を省力化し、顧客の成功につながる領域にリソースを配分することが肝要だ。
これらの活動により、特定領域で顧客の成功を成し遂げると、高度化の波を他領域に拡大する社内理解を得やすくなるだけでなく、省力化により顧客の成功につながらない煩雑な業務へのオペレータの関与が減り、従業員満足度向上などの副次効果にもつながりやすい。
障壁(2):対応の即時性の解消方法
次に、コンタクトセンターで求められる即時性に対応するため、顧客のサイコロジーに応じて応対内容を最適化する必要がある。
具体的な施策としては顧客対応だけでなく、応対中の事務処理や応対記録など、多くの作業を求められるオペレータが、悩むことなく処理を実施できるように、動的なトークスクリプトの活用が本問題の解消に有効となる。
例えば、契約内容のアップグレードを検討している場合でも、心配性なサイコロジーを持った顧客には最初に共感を示すトークスクリプトを表示し、効率性を重視する顧客にはすぐに具体的なプラン説明のトークスクリプトを表示するといった、柔軟なスクリプトによる応対内容の最適化が有効となる。
この活動により、顧客満足度の向上につながる高品質な顧客対応を、より少ないオペレータ教育で展開できるようになる。
障壁(3):顧客の個別性の解消方法
最後に、1対1の対応が基本のコンタクトセンターでは個別性が求められるが、その点では感情分析の追加活用が有効策となる。
どれだけ顧客のサイコロジーを捉えて、本質的に重視している価値観や心理に基づいて対応しても、時には失敗することがある。例えば、普段気弱な顧客であっても予期せぬ外部環境によっては、怒りの感情を抱いて問い合わせるケースは起こり得る。このような顧客への、サイコロジーデータのみを基にした対応は得策ではない。
顧客が生来持つサイコロジーをベースとしつつ、リアルタイムの感情分析も活用することでコンタクトセンターに求められる個別対応をより高度に実現できる。
ここまでで、サイコロジーデータを用いたカスタマーサクセス実現にあたり、コンタクトセンターで発生しやすい3つの障壁に対する解消方法を紹介した。これらを踏まえた、コンタクトセンターならではのカスタマーサクセスの全体像を図2にまとめる。
上記サイコロジーを用いたカスタマーサクセス達成による効果は多岐にわたる。大きく3つの観点(顧客・従業員・企業収益)から、本取り組みによる効果を深掘りする。
効果(1):顧客満足度の向上
まずは顧客観点だ。サイコロジーを用いることで顧客理解が高度化し、顧客ごとに最適化された対応が実現できるため、顧客満足度が向上する。各顧客がどのような心理や価値観を持ち、何を求めているかを特定することで、従来は困難だった深さで顧客の喜ぶ点を把握できるため、顧客の成功を支援できることが最も重要な効果だ。
効果(2):従業員満足度の向上
次に従業員観点である。前述の生成AIなどのツール活用や応対内容の最適化などにより、オペレータが現在対応している業務の一部の省力化が図られる。これにより、煩雑な業務で発生していたオペレータのストレスが軽減し、従業員満足度の向上が期待できる。
応答率や応対品質など顧客からの評価に重きを置くコンタクトセンターでは、従業員満足度は顧客指標と比べて優先度が低いこともある指標だが、オペレータの離職率が問題となる一方で、センターが企業の顔として顧客と向き合う点に鑑みると重要な観点となる。
効果(3):自社収益の向上
3点目が企業収益観点である。自社製品を売った後、自社製品をいかに頻度高く使い続けてもらうかに重きを置くカスタマーサクセスでは、継続率や客単価の向上に向けた顧客への寄り添いが企業収益に直結する。目に見えないサイコロジーまで顧客理解を高度化することで、企業収益の向上という大上段の目的を叶えることができる。
顧客満足度・従業員満足度・企業収益の相乗効果にも着目したい。顧客満足度が向上し、サービスへのファン化が進めば苦情も減り、従業員の顧客対応のストレスは低減する。また、従業員満足度の向上が顧客体験の向上に寄与することも当社の調査で明らかになった(調査の出典は図3参照)。そして、顧客体験が優れたサービスは価格プレミアムが許容されやすいため、企業収益につながることも当社の調査で判明した(同)。さらに、従業員のロイヤルティ向上は、生産性への寄与も期待できる。
総じて、本取り組みを通じて顧客満足度を向上しながら従業員満足度も向上させることで、最終的な企業収益の向上にも寄与できるため、三方よしを実現できる(図3)。
連載の第1回に引き続き、コンタクトセンターならではのカスタマーサクセスの姿と、その達成に向けたサイコロジーデータの活用について説明してきた。
取得可能なデータや活用方法が拡大する現代では、顧客対応で寄り添うべき顧客のサイコロジーを把握できるようになった。これにより、本来“無機質”なデータから真に“心に響く”顧客対応ができるようになった。そして、これらの実現により、顧客の成功を追求し、顧客から選ばれ続ける企業になることが可能となると考える。
次回は、より詳細にコンタクトセンターならではのサイコロジーを用いたカスタマーサクセスの事例と要諦を解説する。
2024年08月20日 00時00分 公開
2024年08月20日 00時00分 更新
モビルス、Salesforceとのデータ連携サービスをリリース
モビルス、Salesforce
テクマトリックス、『FastSeries』に4製品を拡充
CSMEDIA/月刊コールセンタージャパン編集部Presents 「B…
11月1日「編集部主催セミナー」開…
用語集
コールセンター用語集(ITソリューション/コンセプト編)
コールセンター用語集(ITソリュー…
座談会<プロに学ぶCRM活用(前編)>
2024年12月号 <Discus…
心地よさ×好印象×付加価値を届ける ブランドコミュニケーションの設計図
2024年9月号 <心地よさ×好印象×付加価値を届ける ブランドコミュ…
山下未紗