特集:GENIAC-PRIZE徹底レビュー 

暗黙知「継承」のロールモデル 属人化を脱する「データ」の捉え方と読ませ方

受賞企業レビュー(2)東洋船舶/JDSC

RAG対象の中心はメール!
成否を分けた、「業務データの読ませ方」

開発したAI番頭は、「メールや社内文書から情報を検索し、要約し、回答を生成する仕組み」(JDSC Technical Co-Founderの橋本圭輔氏)である。つまり、非構造化データから情報抽出と要約を自動化したわけだが、海事業界のデータは単純ではない。
専門用語が極めて多く、かつ表現が多彩だ。例えば用船契約書は「チャーターパーティー」「CP」「TCP」など複数の呼び方をされる。仮に船名で絞り込めないケースが発生すると、別の船の情報が混ざることもある。さらに契約書は随時改定されるため、古いバージョンを参照すれば誤回答につながる。メールには業務上の重要情報だけでなく、ときにはノイズ――雑談も含まれる。そのため、単に文書をAIに読み込ませるだけでは不十分だった。「船名、契約、文書種別、時系列、類義語、略語をどう扱うか、誰がどの情報にアクセスできるか、検索結果がない場合は答えさせない設計にするのかなど、業務固有の設計を徹底追求し、実用性を高めました」(JDSC ディレクターの筒井一彰氏)。
最大の特徴といえるのが、『メールをナレッジの中心に据えた』点である。ベテランの判断や過去の対応は、正規のデータベースではない、メールのやり取りに残っていた。対応履歴、担当者間の相談、添付資料など、メールサーバーに蓄積された情報が、最も価値あるナレッジだったのである。
具体的な数値成果について、同社CFO統括本部DX戦略推進部の安樂智浩マネージャーは「情報検索時間は70%減、意思決定に至る時間は50%減、業務効率化については54時間/人・月の削減に成功しています」と説明する。
なお、活用されているLLMは米アンソロピックの「Claude」だ。国産基盤モデルもテストしたが、「日本語理解・翻訳タスクでの優位性はあるが、専門領域の構造化タスクにおいては課題が残る」として採用は見送った。しかし、LLMの性能というより「データの読ませ方」にキモがあることは明白である。

AI時代のカスタマーサポートへの示唆
競争力は「組織知の運用力」で決まる

AI番頭は、ブラウザベースで利用されている。船主ごと、船ごとに参照できる情報を制御し、東洋船舶の社員も船主も活用できる形を採用した。加藤氏は、「単なる検索システムではなく、文脈を理解して包括的に回答を生成できるツール。専門知識を持たない社員でも、経験豊富な専門家と同等に対応可能」と説明する。その特徴を最大限活かすための環境といえそうだ(操作画面例は画像)。


もちろん、権限などの情報管理には最大限、配慮しながら活用している。これは他のCS部門にとっても重要な教訓といえる。AIを導入しても、担当者が画面を開かなければ使われない。顧客対応の現場では、精度、速度、操作性、権限管理、教育、改善サイクルを一体で設計する必要がある。
同社の取り組みは、生成AI活用の本質を示している。ポイントは、AIに人を置き換えることではない。人に蓄積された経験、例えばメールに埋もれた経緯、フォルダの奥に眠る資料を、組織として使える状態に変えることである。
ベテランの退職、複雑な問い合わせ、顧客ごとの個別事情、ナレッジ更新の遅れなどの課題に対し、従来型のマニュアルやFAQだけで対応するには限界がある。生成AIの導入価値は、問い合わせの自動応答ではなく、担当者が根拠を持って判断し、顧客に一貫した説明を行い、過去対応を再利用できる状態をつくること――AI番頭の事例は、2026年春段階の顧客対応のあり方を示すロールモデルだ。
自社の最も重要なナレッジは、どこに眠っているのか。FAQ、マニュアル、顧客管理のDB、そしてメール――AI活用の第一歩は、ツール選定ではなく、顧客対応を支える知識資産を、どのように見つけ、整え、使い続けるかを決めること。この基本を忠実に具現化した事例といえそうだ。

2026年07月21日 12時00分 公開

2026年07月21日 12時00分 更新

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