特集:GENIAC-PRIZE徹底レビュー 

暗黙知「継承」のロールモデル 属人化を脱する「データ」の捉え方と読ませ方

受賞企業レビュー(2)東洋船舶/JDSC

脱・属人化は、コールセンターをはじめとしたカスタマーサポートの現場における最大かつ永遠の課題だ。そのためにFAQやスクリプト、マニュアル、あるいはAIによるサジェストなど、あらゆる手段が尽くされているが、なお解消にはほど遠い。「ベテラン、あるいは優秀なスタッフの暗黙知の形式知化」に挑んだ東洋船舶とJDSCの取り組みを追う。

カスタマーサポートやカスタマーサクセスの現場で、永遠の課題とされているのが「ベテランに聞かないと分からない」状態の発生、つまり“属人化”だ。FAQもマニュアルも存在している。しかし実際の顧客対応では、契約条件、過去の経緯、それまでの担当者間のやり取り、例外処理、業界特有の言い回しなどが絡み合い、FAQ検索程度では的確な答えにたどり着けないケースが多い。
この構造的な課題は、ニッチかつ専門的な業界/業種ほど深刻さが増す。今回のGENIAC-PRIZEでも、「暗黙知の形式知化」は申請テーマとして取り上げる企業が多かった。なかでも東洋船舶がAI開発などを展開するJDSC(Japan Data Science Consortium)と共同開発した船主支援向けAIエージェント、「AI番頭」のユニークさと斬新性は、そのニッチさも手伝って審査員の目を惹いた。同社の取り組みは、生成AIを単なるチャットボットとして導入するのではなく、それまで綿々と培った「組織知」を再設計する試みといえる。

ニッチで高い専門性が求められる
船主支援は複雑なBtoBサポート

東洋船舶は、三井物産グループの船舶関連サービス企業だ。その業務は、船主と用船者(船主から船舶を借り受けて輸送する者、事業会社)の間に立つ用船仲介、中古船売買仲介、舶用機器販売、技術コンサルティングなど多岐にわたる。
船主とは、船を保有する法人、あるいは家業型の事業者を指す。船舶はエネルギー、原材料、穀物、肥料などを運び、国際物流の基盤を支えている。米国とイランの紛争によって全世界に経済危機をおよぼしたホルムズ海峡の封鎖の影響はまだ継続中で、船舶による運輸がほぼすべてのビジネス、国民の生活に影響することが改めて認識された。船主と用船者をつなぐ、東洋船舶のような仲介企業が果たすべき役割と社会的な価値は極めて重く、大きい。
その役割は、単に情報を取り次ぐことだけではない。契約書に明記されていない要請の扱い、用船者からの要求を船主が受けるべきか、断るべきか、過去に似た事例はあるのかなど、あらゆる判断を支える伴走者として機能している。
言い換えれば、極めて高度なBtoBサポートといえる。1つの問い合わせ対応には、契約、商流、技術、法務など、さまざまな専門知識が必要となる。図にある通り、「属人化」が招くリスクは極めて高い。

「AI番頭」開発の背景・目的
「AI番頭」開発の背景・目的

10万通りの問い合わせはFAQ化できない
生成AI活用の出発点となった「限界」

同社がAI活用を検討し始めたのは、2022年ごろだ。開発・運用を主導した技術本部海工務部の加藤友紀浩部長は、「コロナ禍で人(社員)の移動が制限されても、船舶は稼働していますし、船主への支援は止められません。人手を割くことなく支援の品質を維持する仕組みが必要で、ビジネスデベロップメント部門、システム部門、海運の専門部門の3チームで検討開始しました」と当時を振り返る。

まず検討したのが、船主からの問い合わせに答えるためのFAQシステムだ。しかし、「船の建造から運航、売買、廃船に至るまでの業務を洗い出すと、想定される問い合わせは少なく見ても10万通り。それをすべてFAQとして作り込むのは不可能」(加藤氏)という結論に達した。
次に着目したのが、2023年頃に話題になったChatGPTに代表される生成AI、そして回答を制御する技術であるRAGだ。社内に散在するメール、添付ファイル、契約書、技術資料、過去の対応記録を検索対象とし、質問に対して根拠を持って回答する――ゼロからFAQを作るのではなく、すでに存在する業務データを活用するという発想である。
加藤氏は、当初の想定について「最初は船主さんに自己解決していただくツールを目指しました。ただ、電話1本で解決する用件にわざわざツールを使っていただくのは難しい。ならば問い合わせを受ける私たちが回答に活かすツールにすればいいと考えました」と説明する。
近年の人手不足を受けて、さまざまな業種のカスタマーサポートが自己解決促進を目指した「AIオペレータ」構築を目指しているが、結果的に顧客に手間を強要する作りになっているボットも少なくない。利用を強制するのではなく、まず支援する側の生産性と応対品質を高める――同社の取り組みは、さまざまなCS部門にとって現実的な導入順序といえる。

2026年07月21日 12時00分 公開

2026年07月21日 12時00分 更新

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