元ファーストクラスCAの接客術“おもてなし力”の磨き方 第36回

2026年5月号 <元ファーストクラスCAの接客術 “おもてなし力”の磨き方>

江上 いずみ

コラム

第36回

“相手の時間を想像する”という心づかい

 「機内に携帯を忘れてきてしまったんです!」

 せっぱ詰まった表情で空港カウンターに駆け込んで来られたお客さま。肩で息をし、声はわずかに震えています。その様子を目にしたとき、多くのスタッフは反射的に「何便でしたか? お座席は何番でいらっしゃいましたか?」と第一声で状況確認の質問をするでしょう。もちろん手続きとしては正しい対応です。でもこれは心づかいにあふれた応対とは言えません。

 「それは大変でございましたね。さぞ、お困りかと存じます。このあとのお仕事やお約束、お待ち合わせの時間などは大丈夫でしょうか?」と、まずは相手をいたわる言葉が添えられるだけで、空気はやわらぎます。相手の時間に対する配慮をする言葉から入って「すぐにお探しいたしますが、もしよろしければその間にお仕事先やお待ち合わせのお相手などご連絡が必要なところがございましたら、どうぞこちらの電話をお使いになってください」と伝えたらどうでしょう。今、携帯電話がなくても「連絡する手段がある」という選択肢が示されるだけで、焦りはほんの少し和らぎます。

 忘れ物は“物”の問題のようでいて、実は“時間”の問題でもあります。携帯電話には、その日の仕事の予定や大切な人との約束、連絡先など、持ち主の暮らしそのものが詰まっています。それを機内に置き忘れたと気づいた瞬間の不安は、想像以上に大きいものです。

 お客さまから申し出があって、機内清掃のスタッフに連絡し、探し当てた携帯電話をカウンターに届けてもらうまでには20分から30分の時間がかかってしまいます。しかも、すぐに見つかる保証はありません。予定が崩れてしまうのは確実なのですから、遅れるということを連絡したいはずだと想像できるかどうかがポイントです。

 何らかの事情で電話が通じない場合でも、メールで連絡を取れるケースもあります。空港にはWi-Fiがつながるエリアがあるので、その場所をご案内してパソコンからのメールで連絡を取っていただくようお知らせするのも1つの方法です。

 後悔や焦り、不安のなかで立ち尽くす時間は、思いのほか長く感じられるものです。その心情を想像し、言葉をかけられるかどうか。そこに接客の奥深さがあるように思います。

 相手はいま、何をいちばん気にしているのだろう。

 そのために、自分にできることは何だろう。

 心づかいとは、特別なことではありません。相手の時間の流れを思い描き、その時間を大切に扱う姿勢ではないでしょうか。大切なのは、探すという作業だけに集中するのではなく、待っている時間をどう過ごしていただけるかに思いを巡らせることです。

 「30分ほどお時間をいただきます。そのあいだにご連絡などお済ませください」。そう具体的に伝えることは、「あなたの時間を大切に思っています」という静かなメッセージでもあります。

 心づかいは派手ではありません。けれど確かに人の心を温める力を持っています。日々の小さな場面のなかにこそ、その真価が宿っているのではないでしょうか。

イメージイラスト
PROFILE
江上 いずみ
筑波大学・神田外語大学客員教授。Global Manner Springs代表。慶應義塾大学卒業後、日本航空(JAL)の先任客室乗務員として30年間乗務。機内アナウンスに定評があり、JALの機内アナウンス指導クリニック創設者でもある。1987年、皇太子殿下・美智子妃殿下特別便に選出され乗務。現在、大学や医療機関、介護施設、官公庁や企業に講演や研修を行う。著書「JALファーストクラスのチーフCAを務めた『おもてなし達人』が教える“心づかい”の極意」(ディスカバー・トゥエンティワン)「幸せマナーとおもてなしの基本」(海竜社)

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会員限定2026年04月20日 00時00分 公開

2026年04月20日 00時00分 更新

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