元ファーストクラスCAの接客術“おもてなし力”の磨き方 第37回

2026年6月号 <元ファーストクラスCAの接客術 “おもてなし力”の磨き方>

江上 いずみ

コラム

第37回

小さな工夫がつくる大きな安心

 客室乗務員(CA)は、お客様が機内で少しでも快適にお過ごしいただけるよう、目に見えないところでさまざまな工夫を重ねています。とくに夜に海外を発ち、日本に早朝6時台に到着する深夜便において最も大切なサービスは「お客様にゆっくりお休みいただくこと」です。

 ビジネスでご利用になるお客様の多くは、到着後そのまま仕事先へ向かわれます。機内で十分に休めなければ、その日の仕事の質にも影響が出てしまいます。だからこそ乗務員は、深夜便ではとりわけ3つの要素に気を配ります。それが「音」「光」「温度」です。

 飛行機はエンジン音とともに飛ぶ乗り物ですから、完全な静寂をつくることはできません。しかし、余計な音を出さない努力はできます。その代表例が、サービスで使用するカートの扱いです。長年使用しているカートの中には、扉の建てつけが悪く、スムーズに閉まらないものもあります。外国のエアラインでは、CAが扉を足で蹴飛ばし、勢いよく閉めるケースをよく見かけます。そうすると静まり返った深夜便の機内に「バタンッ!」という大きな音が響きわたってしまいます。そんな音でお客様の快適な睡眠を妨害することは絶対に避けなければならないので、取っ手を回しながら、足にグッと力を込めて押し込むように閉めること、そしてもう一つ、ドアを開け閉めするためのハンドルの取り扱いに細心の注意を払うことを指導していました。

 カートのドア中央には丸いハンドルがあり、回してロックしたあと手を離すと、金属が当たって「カチン」と小さな音がします。昼間であれば気にならないこの音が、深夜の機内では意外と響くのです。そのため、サービスが終わってお客様にゆっくりお休みいただきたい時間になると、そのハンドルにペーパーナプキンを巻きます。そうするとハンドルを回し終えて手を離しても、「カチン」という音がペーパーナプキンに吸収されて、客室に響くことがなくなるわけです。ほんのひと手間ですが、金属音がやわらぎ、客室の静けさが守られます。

 これはマニュアルに細かく書かれていることではありません。先輩の姿を見て学び、自然と受け継がれていくものです。目の前にいない誰かの眠りを想像する力──それが、CAの仕事の土台にあります。

 こういった姿勢は、機内だけのものではありません。オフィスで働く日常の中にも、同じ場面があります。電話を取り次ぐときや切るときの受話器を置く音。パソコンのキーボードを打つ音。コピー機の前でのちょっとした動き。自分にとっては何気ない所作でも、周囲にとっては意外と大きな気付きになり、その音に配慮するだけで周囲の信頼に結びつくことがあります。

 忙しいときほど、人は自分の作業に集中しがちです。しかし、いまこの電話の向こうにいる人は、どんな状況だろう。隣の席の同僚は、締め切り前で神経を研ぎ澄ませているかもしれない。そんなふうに相手の時間や状況を想像することができれば、自然と行動は変わります。心づかいとは、相手の立場を思い描き、その時間を尊重しようとする姿勢です。ほんの少し音を抑えること、声をやわらかくすること、その積み重ねが、職場の空気をあたたかく整えていくのではないでしょうか。

イメージイラスト
PROFILE
江上 いずみ
筑波大学・神田外語大学客員教授。Global Manner Springs代表。慶應義塾大学卒業後、日本航空(JAL)の先任客室乗務員として30年間乗務。機内アナウンスに定評があり、JALの機内アナウンス指導クリニック創設者でもある。1987年、皇太子殿下・美智子妃殿下特別便に選出され乗務。現在、大学や医療機関、介護施設、官公庁や企業に講演や研修を行う。著書「JALファーストクラスのチーフCAを務めた『おもてなし達人』が教える“心づかい”の極意」(ディスカバー・トゥエンティワン)「幸せマナーとおもてなしの基本」(海竜社)

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会員限定2026年05月20日 00時00分 公開

2026年05月20日 00時00分 更新

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