
「10年後に写真を見返して、“あの時こうだったよね”と会話が生まれるような体験を提供したい」。こう話すのは、フォトグラファーの高木信幸さんだ。高木さんは、人物写真から静物写真、動画撮影まで、幅広い依頼に対応しているが、人物写真、とりわけ家族写真を得意とする。子どもの七五三や誕生日など、定期的に撮影を依頼するリピーターも多い。
リピートする理由は何なのか。その秘訣は、撮影前のヒアリングと撮影当日のコミュニケーションにある。「子どもの集中は30分が限界です。事前のヒアリングの時点で“どんな写真を撮りたいのか”の共通認識を持てるところまでコミュニケーションをとることが、重要です」(高木さん)。
最初は「お任せで」「自然な表情で」というオーダーでも、“実はこんな写真を撮りたい”という個別のニーズが隠れていることが少なくない。そこで、事前ヒアリングでは、場所や人数、撮影人数などの基本的な情報の取得で終わらせず、「依頼者・被写体がどんな人なのか」から会話を深掘りしてニーズを探り、ディテールを詰める。例えば、「花畑で姉妹の写真を撮りたい」という要望は、花畑の中の姉妹を遠くから撮りたい場合もあれば、花に囲まれた姉妹をアップで撮りたい場合もある。InstagramなどのSNSから撮りたいイメージに近いものをスクリーンショットして送ってもらい、より明確な共通認識を形成する。
当日は、よりスムーズに進めるための工夫として、撮影前から撮影中にいたるまで、きめ細やかなコミュニケーションを心がけている。高木さんは、「フォトグラファーは、撮影という体験をエスコートするサービス業だと思っています。当日の撮影時間を楽しく過ごしてもらえることが満足いただくための第一歩」と説明する。
とくに被写体が子どもの場合、いつもと違う環境に緊張していることが多いため、コミュニケーションを通じた雰囲気作りが重要だ。子どもの撮影においては、過去に塾講師として多くの子どもと対話してきた経験が生きている。子どもと視線を合わせることから始め、周囲の人やモノ、昆虫など、その場で子どもが興味を示したものについて会話をしたり、あえて“いじられ役”のような立ち居振る舞いをして場を和ませたりもする。こうしたやり取りで、「心の距離」を縮めることで緊張がほぐれ、笑顔もみせるようになるという。
それでもぐずってしまう時は両親のツーショット撮影を提案する。これは、撮影がスムーズに進まないことに対し親がピリピリした雰囲気になり、それを子どもが感じて、ぐずっているケースがあるからだ。最初は恥ずかしがって嫌がることが多いが、最終的には「高木さんが言うなら………」と受け入れ、親自身が撮影を楽しむうち、子どもも落ち着くという。これも、コミュニケーションによってできた信頼関係の賜物と言える。
プロフィール撮影の場合は、撮影目的と要望に即した表情を引き出せるような声かけをしている。例えば、被写体が企業の経営者で自社Webサイトのプロフィールとして掲載する場合は、「10年後を見据えるような凛々しい表情で行きましょう」「ビジネス目標を教えてください。その目標を達成できた時をイメージしてみてください」のように、具体的でイメージしやすい言葉を添えて伝える。高木さんは、「雑談も交えながら撮影を楽しめる雰囲気をつくってシャッターを切るようにしています」と説明する。
枚数制限なしで時間単位の撮影料金で依頼を受ける高木さんは、撮影の合間の何気ない場面でもシャッターを切り、納品データに含めて渡している。昆虫を見つけて目で追っているときの表情、ぐずっている表情、恥ずかしがっている表情、考え事をしている表情──。こうした、ふとした表情を喜ぶ顧客は多い。「笑顔イコールよい写真、ではないと思っています。“こんな表情も撮ってくれたんだね”と満足いただけています」(高木さん)。満足度の高い自然な表情を残せていることは、撮影中にリラックスを促すコミュニケーションを重ねた証でもある。

会員限定2025年10月20日 00時00分 公開
2025年10月20日 00時00分 更新