実践編
第5回
メンバーを職場に根づかせるために欠かせないのが「感情報酬」だ。感情報酬とは、給与や賞与といった金銭的報酬ではなく、日常のやり取りや人間関係の中で得られる感情的な充足を指し、『貢献欲求』『親和欲求』『承認欲求』『成長欲求』の4つに整理できる。今回は、主体的な活躍を促すための承認欲求、成長欲求への働きかけ方を解説する。
コールセンターは、業務上「ミスをしないこと」が重視される。適切な対応をしても、お客様からは「当たり前」と受け取られ、感謝や称賛といったポジティブな反応をもらう機会は少ない。さらに、社内評価も対応件数などの数値指標に偏りがちで、仮に他のメンバーより丁寧に対応していたとしても十分に評価に反映されにくい。その結果、「私はこの仕事に向いていない」「やりがいを感じられない」といった思いに至り、離職につながるケースも少なくない。
また、コールセンターのようにマニュアル化された業務が多い職場では、仕事に慣れるにつれ、「できるようになった」という手応えや「新たな挑戦の機会」を感じにくくなる。それゆえ、「この仕事で自分は成長できるのだろうか」といった疑問も生まれやすい。実際にコールセンター経験者の転職理由としても「成長につながりにくい」という内容が上位に挙がっている。
反対に、取り組んだことが周囲から評価されたり、自身の成長を実感できたりすると、メンバーは「頑張りがきちんと伝わっている」「仕事を通じて前に進めている」という感覚を持つ。評価されることや成長を実感することによって得られる手応えが、感情報酬を高め、メンバーの定着や育成を後押しする。

メンバーが主体性を持って前向きな挑戦を続けられるようにするためには何が必要だろうか。その鍵となるのが、「承認欲求」と「成長欲求」という2つの感情報酬を満たすことである。
①承認欲求
承認欲求とは、「自分の取り組みが理解され、価値あるものとして認められたい」といった欲求で、満たすためには、成果を上げているメンバーだけでなく、会社として大切にしたい理念や行動指針を体現しているメンバーも積極的に承認することが重要だ。
承認欲求を満たす施策として、一般的に実施されているのは「チーム内表彰」だが、うまく運用できている企業は意外と少ない。表彰者が特定のハイパフォーマーに偏り、他のメンバーが「自分には関係ない」と捉えてしまったり、単純な数字だけで評価されることで、1件1件を丁寧に対応していても「頑張りが伝わらない」と感じてしまったりするケースが少なくない。結果として、メンバーの意欲低下につながってしまう。
表彰制度を設ける際は、数値だけを指標にするのではなく、「日々の基本を徹底し、安定した品質を保ち続けている人」「ミスが少なく、他者の見本となる対応を続けている人」などを評価し、スポットライトを当てる仕組みを整えたい。こうした運用ができれば、メンバーは『頑張りをちゃんと見てくれているな』『次回こそは表彰されるよう頑張ろう』と前向きな意識を持ち、より主体的な行動へとつながっていく。
②成長欲求
成長欲求とは、「能力を高めたい」「できることを増やしたい」といった欲求のことで、満たすためには、日々の業務を通して「自分は成長している」と実感できる場をつくることが重要だ。
成長欲求を満たすにあたって効果的なのは、成長の見取り図を与える「スキルマップ」の整備がある。段階的にスキルを定義することで、「もっとお客様に寄り添った電話をしてみよう」といった曖昧なアドバイスではなく、「自分は今どの段階にいるのか」「次のレベルに上がるにはどんなスキルを習得すべきか」といったことが明確になる。スキルマップを継続的に運用することで、成長へのモチベーションが高まり、「もっとこの能力を高めたい」「上のレベルになるために、○○に取り組みたい」などと、より主体的な行動が見られるようになる。
また、メンバーの能力向上の取り組みは、業務外で個々に任せるのではなく、就業時間の中で組織的に実施することが重要である。例えば、「月に1回ナレッジ共有会を行う」「1日30分、その日の対応を振り返ってフィードバックし合う」といった形で時間を確保する。
これは一時的に稼働時間を減らし、その時間分の業績を失うことになるので、短期的な成果だけを見れば非効率に映るかもしれない。しかし、長期的に見ればメンバーの成長が組織の成果を押し上げる原動力となる。だからこそ、成長や能力向上に時間を割くこと自体が『組織にとって不可欠な投資』と明示できるのだ。
今回まで「採用」「定着」「育成」という観点からコールセンターにおけるマネジメントの考え方を解説してきた。これらは決して独立した要素ではなく、密接にリンクしている。
「採用時にどのような期待を伝え、立ち上げを支援し、成長機会を設計するか」というプロセスを一気通貫でマネジメントすることで初めて、メンバーを定着させ、活躍を引き出すことが可能になる。コールセンターのマネジメント層に求められるのは、各施策を切り離して捉えるのではなく、全体を束ね、デザインしていく視点である。
次回は、実際の事例も交えながら、「コールセンターの現場でのマネジメントに求められる視点」について、考察していく。
会員限定2025年10月20日 00時00分 公開
2025年10月20日 00時00分 更新