市界良好 第145回

2024年5月号 <市界良好>

秋山紀郎

コラム

第145回

人材育成の危機

 生成AIの登場から1年以上経過した。コンタクトセンターにおいては、対話の要約やメール対応の支援などで活用が進められている。事前学習がなくとも対話形式でやり取りできるのが、従来のAIと大きく異なる点だろう。一方、ハルシネーションとされる事実と異なる内容が出力されることがある。企業内で使われる用語やマニュアルなど独自データを追加学習する手法が必要になっている。生成AIの導入検証を進めていると、ハルシネーションに対する導入ユーザーからの評価が予想以上に厳しいことに気付く。生成AIの誤答率が人間よりはるかに下回ったとしても許されないが、誤答した人を育てることには寛容というか、人を育てる使命のようなものもあるのだろう。

 社会では、必要とされる新しい知識やスキルを学ぶリスキリングの重要性が叫ばれている。労働人口の減少が進む中、労働力を有効活用し、国際競争力を持つために必要とされている。とくにデジタル分野における学び直しという風潮が強い。このような背景を踏まえると、コンタクトセンター部門に無関係のように思われるが、そんなことはない。生成AIを活用すべく管理者層にリスキリングが必要と言っても確かにピンと来ないが、オペレータのスキルアップは重要だ。複数のタイプの問い合わせに対応できるマルチスキル化を進めると、シフトの柔軟性が向上して効率的なセンター運営が可能になる。電話対応のオペレータにチャット対応スキルを身につけることで、オムニチャネル化を進めるようにもしていただきたい。コンタクトセンターにおいて人材は最重要と言われているにもかかわらず、人材不足などで現場が多忙になると、教育研修の優先度を下げてしまう状況が見られるが、これは看過できない。教育研修は現場に時間的余裕があるときに実施するものである、とオペレータに伝えているようなものだ。

 今、AIの開発や活用に関するルールを整備し、違反時に罰則を設けることで偽情報の拡散や著作権などの権利侵害を防ぐ議論が進められているが、表現の自由を尊重しつつ、情報の正確性と信頼性を保つことは容易ではないはずだ。さらに議論を進めなければならないのは、生成AIの利用によって社会人が業務を通じて経験を蓄積する機会が減少することの認識とその影響についてだ。今の社会人の誰もが、簡単な業務を通じて改善する発想を抱いたり、上司から指導される機会を通じて成長してきたはずだ。例えば、生成AIによる自動要約が定着すると、オペレータが応対を振り返りながら試行錯誤して要約文を作成する過程や、SVの指導を受けて考え直すようなプロセスがなくなるのである。実業務を通じて学ぶ機会が少ない中で、上司がAIに変わり、いきなり高度なアウトプットを求められるようになる。AIによって人が育てられることで、豊かな人間性を持つ人材が育つのだろうか。

 技術進歩によって、専門人材も含めて人の役割が変わっている。利用者による自己解決の促進とセンター内の業務自動化が進み、スクリプトを読み上げるだけの仕事はなくなった。顧客対応の仕事は、より創造性の高いものに変わり、人間ならではのクリエイティブなスキルが求められている。

PROFILE
秋山紀郎(あきやま・としお)
CXMコンサルティング 代表取締役社長
顧客中心主義経営の実践を支援するコンサルティング会社の代表。コンタクトセンターの領域でも、戦略、組織、IT、業務、教育など幅広い範囲でコンサルティングサービス及びソリューションを提供している。
www.cxm.co.jp

2024年04月20日 00時00分 公開

2024年04月20日 00時00分 更新

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