わたちゃんのかすたま~えくすぺりえんす 第138回

2026年8月号 <わたちゃんのかすたま〜えくすぺりえんす>

渡部弘毅

コラム

第138回

解約設計こそブランドの本質が出る

 某フィットネスジムの解約手続きで、わざわざ店頭に出向かされたうえに、スタッフから延々と引き止めトークをされた、わたちゃんです。「お得な継続プランが……」「もう少し続ければ効果が……」と30分以上。最終的に解約できたものの、二度とこのジムには入会しまいと心に誓いました。ジムが長年かけて積み上げたブランド価値を、一瞬で崩壊させた30分でした。

 企業は新規顧客の獲得や入会プロセスには莫大な投資をします。美しいWebサイト、スムーズな申込みフロー、魅力的な初回特典。しかし、「解約」に同じ熱量を注ぐ企業は少ないのが現実です。解約プロセスを意図的に複雑にする戦略は「ダークパターン」と呼ばれ、消費者保護の観点からも問題視されています。電話でしか解約できない、解約ページが見つからない、何度も引き止め画面が表示される──。こうした仕掛けは、短期的には解約率を下げるかもしれませんが、顧客のブランドに対する信頼を根本から損ないます。

 一方で、解約体験を戦略的にデザインしている企業もあります。例えば、Netflixは解約プロセスが極めてシンプルで、数クリックで完了します。しかも「いつでも戻ってきてくださいね」というメッセージとともに、過去の視聴履歴を一定期間保持してくれます。この「去る者を追わず、でも温かく送り出す」姿勢が、実は再加入率の高さにつながっているのです。Amazonプライムも同様で、解約ページではこれまで利用した特典の金額を可視化して「あなたはこれだけお得でした」と示します。押し付けがましくなく、事実ベースで価値を再認識させる設計です。それでも解約する人には、スムーズに手続きを完了させます。

 解約設計の本質は、「顧客との最後の接点」をどう扱うかという哲学の問題です。解約体験が悪ければ、それまでどんなに良いサービスを提供していても、顧客には「嫌な思い」だけが残ります。サブスクリプション全盛の今、解約設計はまさにブランドの試金石。入会時にどれだけ美しい体験を提供していても、解約時に顧客を不快にさせれば、ブランドの「本性」が露呈します。逆に、解約プロセスが誠実で気持ちの良い企業は、「顧客を本当に大切にしている」という最強のブランドメッセージを、コストゼロで発信しているのと同じです。

 ということで、あのジムを辞めてから半年後、結局別のジムに入会しました。今度は「いつでもアプリで休会・解約OK」と謳っていたのが決め手です。「いつでも辞められる」という安心感が、逆に「まだ続けよう」というモチベーションになっているから不思議です。解約のハードルを上げる企業は、実は顧客の「続けたい気持ち」まで殺してしまっているのかもしれません。

 ちなみに、前のジムからは今でも「お得な再入会キャンペーン」のDMが届きます。あの30分の苦い記憶を上書きするには、割引クーポンでは全然足りないんですけどね!

図 解約体験の比較
図 解約体験の比較
PROFILE
ISラボ 代表
渡部弘毅
職業:顧客経験価値にこだわる戦略立案&業務改革コンサルタント
過去勤めたことのある企業:日本ユニシス、日本IBM、日本テレネット
著書『ファンをつくる顧客体験の科学 「顧客ロイヤルティ」丸わかり読本』(2023年11月、リックテレコム刊)
週末の過ごし方:
<ケース1>隅田川あたりをぶらぶら散歩して浅草で飲んだくれたあと銭湯で汗を流す
<ケース2>スポーツジムでヨガレッスンを受けて汗を流す

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会員限定2026年07月20日 00時00分 公開

2026年07月20日 00時00分 更新

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