コラム
第138回
某フィットネスジムの解約手続きで、わざわざ店頭に出向かされたうえに、スタッフから延々と引き止めトークをされた、わたちゃんです。「お得な継続プランが……」「もう少し続ければ効果が……」と30分以上。最終的に解約できたものの、二度とこのジムには入会しまいと心に誓いました。ジムが長年かけて積み上げたブランド価値を、一瞬で崩壊させた30分でした。
企業は新規顧客の獲得や入会プロセスには莫大な投資をします。美しいWebサイト、スムーズな申込みフロー、魅力的な初回特典。しかし、「解約」に同じ熱量を注ぐ企業は少ないのが現実です。解約プロセスを意図的に複雑にする戦略は「ダークパターン」と呼ばれ、消費者保護の観点からも問題視されています。電話でしか解約できない、解約ページが見つからない、何度も引き止め画面が表示される──。こうした仕掛けは、短期的には解約率を下げるかもしれませんが、顧客のブランドに対する信頼を根本から損ないます。
一方で、解約体験を戦略的にデザインしている企業もあります。例えば、Netflixは解約プロセスが極めてシンプルで、数クリックで完了します。しかも「いつでも戻ってきてくださいね」というメッセージとともに、過去の視聴履歴を一定期間保持してくれます。この「去る者を追わず、でも温かく送り出す」姿勢が、実は再加入率の高さにつながっているのです。Amazonプライムも同様で、解約ページではこれまで利用した特典の金額を可視化して「あなたはこれだけお得でした」と示します。押し付けがましくなく、事実ベースで価値を再認識させる設計です。それでも解約する人には、スムーズに手続きを完了させます。
解約設計の本質は、「顧客との最後の接点」をどう扱うかという哲学の問題です。解約体験が悪ければ、それまでどんなに良いサービスを提供していても、顧客には「嫌な思い」だけが残ります。サブスクリプション全盛の今、解約設計はまさにブランドの試金石。入会時にどれだけ美しい体験を提供していても、解約時に顧客を不快にさせれば、ブランドの「本性」が露呈します。逆に、解約プロセスが誠実で気持ちの良い企業は、「顧客を本当に大切にしている」という最強のブランドメッセージを、コストゼロで発信しているのと同じです。
ということで、あのジムを辞めてから半年後、結局別のジムに入会しました。今度は「いつでもアプリで休会・解約OK」と謳っていたのが決め手です。「いつでも辞められる」という安心感が、逆に「まだ続けよう」というモチベーションになっているから不思議です。解約のハードルを上げる企業は、実は顧客の「続けたい気持ち」まで殺してしまっているのかもしれません。
ちなみに、前のジムからは今でも「お得な再入会キャンペーン」のDMが届きます。あの30分の苦い記憶を上書きするには、割引クーポンでは全然足りないんですけどね!
