戦略編
第3回
近年の生活様式のデジタル化の波を受け、企業の顧客接点の担当者は、デジタルを利用した顧客接点の効率化に躍起になっているようだ。本記事では、グローバルコンタクトセンターサーベイから明らかになった日本企業がデジタルシフトに苦戦している現状を踏まえ、電話とデジタルをどのように掛け合わせて顧客対応に活かすべきか、デロイトのグローバルでの事例を参考にして、具体的な方策を解説する。
昨今、企業のWebサイトには製品やサービスに関するFAQページが設けられ、画面下部にはチャットボットの吹き出しが表示され、サイト来訪者のちょっとした疑問にすぐに答えられるような仕組みが整っている。企業側はデジタル技術を活用して顧客接点を効率化しようと懸命に取り組んでいるが、一方で顧客の反応はどうだろうか。企業の意図通りにデジタルチャネルをうまく利用し、結果的に顧客と企業の双方がWin-Winとなるような構造になっているだろうか。
まずは図1をご覧いただきたい。これはグローバルコンタクトセンターサーベイで、「電話から、より低コストまたは利便性の高いチャネルへのシフト状況」をヒアリングした結果である。これを見ると、チャネルシフトに成功していると回答した日本企業は7%にとどまっており、海外企業の38%と比較して、日本企業が電話からのチャネルシフトに苦戦している状況が浮き彫りになっている。
顕著なのは、企業側が新しいチャネルを準備しているにもかかわらず、顧客が従来のチャネルである電話を使い続けていると回答した企業の割合が、日本では57%に及んでおり、企業の期待とは裏腹に、顧客は新しいチャネルの利用を拒んでいるように見える。この傾向は2021年の調査(電話からのチャネルシフトに成功している日本企業の割合は17%)から変わっておらず、むしろチャネルシフトに取り組む企業が増えたことで、苦戦している企業の絶対数が増えている印象を受ける。
それでは、日本企業がチャネルシフトに苦戦している理由はどこにあるのだろうか。
一つは、顧客が過去にチャットボットやFAQでフラストレーションを感じたことがあり、デジタルチャネルに対して疑心暗鬼になっていることが考えられる。オペレータに相談するために電話番号を確認しようとWebサイトを訪問しても、単純なQ&Aにしか対応できないチャットボットに誘導され、チャットボットから有用な情報を得られないばかりか電話番号も見つからない、といった不便を体験した人は少なくないだろう。とにかく少しでも電話を減らそうと、何でもかんでもデジタルチャネルに誘導してしまうと、このような顧客の失望につながる。
また、Webサイト上の手続きページやFAQを駆使して自己解決を試みたにもかかわらず、そもそもWeb上で手続きを完了できる機能が用意されておらず、結局、電話をかけるように誘導されるケースもあるだろう。こうした体験を通じて、顧客はデジタルチャネルに対してポジティブなイメージを持っておらず、たとえ生成AIを搭載した高機能なデジタルチャネルを用意したとしても、顧客が自発的に新しいチャネルを使ってくれるようにはならないと考えられる。
さらに、日本人特有のサービスの捉え方も関係していると考えられる。日本では欧米と違い、飲食店で無料のお茶や水が提供され、チップを渡さなくても手厚い接客を受けられるなど、無料で高品質な人的サービスを受けられることが当たり前になっている。困った時に、「とりあえず電話をすればオペレータが親身になって助けてくれるだろう」と期待して、つい電話してしまうという顧客も多いのではないだろうか。これらの理由を踏まえて、デジタルチャネルシフトを成功させるために日本企業がどのような取り組みをすべきか考えていく。
まずは、手当たり次第にデジタル化を進めるのではなく、CX(カスタマーエクスペリエンス)視点で最適なチャネルに誘導することが重要である。デロイトはコンタクトセンターにおける「ライトチャネリング」を推奨しており、顧客属性や用件に応じて、提供すべき顧客体験が異なるという考え方のもと、最適なチャネルに顧客を誘導できるよう問い合わせ導線を設計するのである。
登録情報の照会や変更など単純に情報を確認して終わりという用件であれば、積極的にWebサイトやチャットボットなどデジタルチャネルに誘導するが、緊急で複雑な用件であれば初めから電話で対応したほうが良いと戦略的に判断し、デジタルチャネルへシフトさせないという判断もあり得る。あるいは、緊急で複雑な案件であっても、天候などの外部要因に問い合わせ量が左右され、ピーク時に人手では処理しきれないような用件は、思い切ってデジタル化することも選択肢となる。
また、デジタルチャネルでは、情報を提供するだけでなく、手続きが完了できるようにすることも重要である。例えば、パスワードを忘れてしまった場合の「パスワード再設定」は単純かつ高頻度で発生するため、まさにデジタルシフトさせるべき用件であるが、デジタルチャネル上でパスワードの再設定方法を案内するだけでなく、パスワード再設定の手続きまで完了できることが、顧客の最低限の期待である。パスワード再設定はあくまで一例であり、日本でもデジタルチャネル上で手続き完了できることが一般的になっているが、これが「エアコン故障時の訪問修理日程の予約」や「航空便欠航時の予約変更・払い戻しの手続き」のようなケースを考えた場合に、デジタルチャネル上で完結できる仕組みを用意している企業はどれだけあるだろうか。現状では「当該お手続きは電話でお問い合わせください」と誘導しているケースが多いのではないだろうか。
なお、「パスワードを忘れてしまった」という顧客の問い合わせについてもう少し深掘りしてみると、顧客が本当にやりたいことは、パスワードを再設定した後に、会員ページにログインして商品やサービスを購入したり、登録情報を変更したりすることだろう。この場合、デジタルチャネル上でパスワードを再設定後、そのまま商品・サービス購入や情報変更など、顧客が本来やりたかったことへのスムーズな導線を設計できるとなお良い。この考え方はデジタルチャネルだけでなく、電話での対応にも当てはまる。
前回の記事で、問い合わせ受付から依頼内容完結までの「プロセスの垂直統合」について説明したが、デジタルチャネル上で質問に回答するだけでなく、付随する手続きをシームレスに完了できるようにするためには、コールセンターシステムと業務システムを連携させるなど、後続プロセスとの統合が必須である。デジタルチャネルシフトを成功させるという観点でも、End to Endでの「プロセスの垂直統合」を検討してほしい。
ここまでは、電話からデジタルチャネルにいかに顧客を誘導するかという「電話orデジタル」の視点で考えてきたが、それに加え、「電話×デジタルのハイブリッド」で品質と効率を同時に上げていく視点も重要になる。ライトチャネリングでデジタルチャネルに誘導しつつも、電話を使い続けようとする顧客や電話で対応すべき用件には、引き続き電話で対応しなければならない。であれば、電話チャネルでの対応をいかに効率化するかを考えることが求められる。
そこで登場するのが、「電話×デジタル」という視点である。例えば、電話×デジタルの視点で、生成AIベースの音声ボットを使って、電話の前捌きをするというユースケースが考えられる。電話着信後、まず音声ボットが用件確認、本人確認および簡単なQ&A対応を済ませ、その後の対応を有人オペレータに転送するフロー(もちろんAIの応対内容は要約されてオペレータに引き継がれる)を設計すれば、オペレータの処理時間を短縮でき、センターとして効率化を達成できることはもちろんのこと、顧客にとっても、IVR上でプッシュボタンによるメニュー選択をしなくてよいなど、企業と顧客の双方にメリットがある。
さらに一歩進んだユースケースとして、デジタルチャネルの視覚的なわかりやすさを電話チャネルに取り込むこともできるようになってきており、米国では、スマートフォン(スマホ)上で音声ボットとチャットボットを組み合わせた「AIによるマルチモーダル対応」を提供する企業が登場している。ECサイトのコールセンターであれば、口頭での説明に加えて、商品の画像を顧客に見せながら説明できればもっと伝わりやすい、というケースもあるだろう。
そこで登場するのが、図2のような「マルチモーダル対応」で、音声ボットとの会話中に、SMS上のリンクからテキストチャットを開くと、音声での案内とテキストチャットの画面が連動して動き、スマホ上に表示された画像について、音声ボットが口頭で詳しく説明する、ということが可能である。
最後に、すぐには難しいかもしれないが、サービスの有料化も選択肢の一つになる。チップ文化に代表されるように、欧米ではサービスに対して対価を支払うことが一般的であり、欧米の顧客は、手厚いサービスを受けるためには追加の料金を支払う必要があることを理解している。このサービスに対する日本と欧米の意識の差は、サーベイの結果(図3)にも表れており、海外企業の多くが、コンタクトセンターでの待ち時間短縮やベテランオペレータへの接続など、より良いサービスを有償で提供している実態が明らかになっている。日本企業も中長期的には、電話チャネルでの手厚いサービスを有償化したり、LTVに応じて提供するサービスレベルを差別化したりすることで、コンタクトセンターで「稼ぎ」つつ同時に効率化を実現する、という戦略も取れるのではないだろうか。
読者の皆さん自身が、昨今の生成AIの急速な進化とその有用性を実感しているとおり、中長期的に見れば生成AIをベースとしたデジタルチャネルは顧客に受け入れられ、否が応でもデジタルシフトが進んでいくだろう。現在はデジタルチャネルが主流となるまでの準備期間として、効率化一辺倒ではなく、「電話×デジタルのハイブリッド」でより良いCXを提供するという視点でチャネルを設計・運用し、デジタルチャネルを含めた顧客接点全体で、顧客とWin-Winの関係性を築いてほしい。
2025年04月20日 00時00分 公開
2025年04月20日 00時00分 更新