戦略編
第4回
近年、従業員体験(EX)向上が顧客体験(CX)向上と並び、コンタクトセンターの重要な戦略課題として注目されている。日本企業のEX向上への意欲は高いものの、海外企業に比べて取り組みが遅れているのが現状だ。本稿では、デロイト トーマツ コンサルティングが行ったグローバルコンタクトセンターサーベイの結果をもとに、EX向上施策が離職率改善やコンタクトセンターの役割変革に与える影響を解説し、EX向上の実現に向けた方向性を示す。
近年、従業員体験(EX:Employee Experience)の向上が、顧客体験(CX:Customer Experience)の向上と同等に、コンタクトセンターの重要な戦略課題として位置付けられるようになっている。
デロイト トーマツ コンサルティングが2024年に実施したグローバルコンタクトセンターサーベイ(以下、サーベイ)によれば、グローバル全体では13%の企業がE X向上を戦略上の最優先事項に位置付けている(図1)。日本企業では、その割合が20%に達しており、このことから日本企業がEX向上に対して高い意欲を持っていることが分かる。

しかしながら、EX向上施策への具体的な取り組み状況をみると、日本企業は海外企業に比べて本格的な取り組みが遅れているのが現状だ。「EX向上がCX向上につながる」という正のサイクルが広く認識されているものの、EX関連の投資効果は定量的に測定するのが難しく、多くの企業が投資に踏み切れていないのではないかと考えられる。
EX向上の定量的な効果を示すデータとして、サーベイでは、①オペレータの業務負荷を軽減するツールの導入、②賃金改善、③キャリアパスの整備──という3つの施策が離職率に与える影響を分析している。これらの施策を実施済みの企業と、直近2年以内に実施予定のない企業を比較したところ、いずれの施策でも約15ポイントの離職率改善が見られた。とくに効果が大きかったのは、③キャリアパスの整備で、関連施策を実施済みの企業では、未実施の企業と比べて平均17ポイントも離職率が低下していることが分かった(図2)。

日本企業でも、システムの導入・刷新においては、拡張性やセキュリティの確保と並んで、オペレータ向けのUX/UIが改善することを重視しており、直接的に生産性改善や業務負荷軽減に寄与するような「オペレータ支援ツール」の導入には比較的積極的であるといえる。実際、サーベイ参加企業のうち、グローバル全体で76%の企業が「オペレータが製品・サービス・業務ルールなどについて覚えるべき情報量が多い」と認識しており(図3)、今後もサービスのパーソナライズ化などによりオペレータ業務の複雑性が一層、高まることを考えると、なんとか業務負荷を軽減したいと模索している企業が多いことがうかがえる。一方で、キャリアパスの整備に取り組めている企業はどれだけあるだろうか。

キャリアパスの充実は、単に離職率を下げるだけでなく、コンタクトセンターの役割変革においても重要な意味を持つ。従来、コンタクトセンターは、単に顧客対応を担う部署として位置付けられていたが、今後は「全社的な製品・サービス改善のハブ」として、顧客インサイトを全社に提供する役割が期待されている(図4)。

この役割変化に伴い、コンタクトセンターで求められる人材やスキルも変化していくが、キャリアパス整備により、コンタクトセンター及び関連部署で、必要な人材・スキルを育成・確保できるようになるのである。
まず必要とされるのは、コンタクトセンターに着信する多種多様な問い合わせから顧客インサイトを抽出し、全社的に展開する役割を担う「VOC人材」だ。VOC人材には、顧客との対話からインサイトを抽出し、センター内外に発信する能力が求められる。例えば、顧客ニーズをくみ取ることが得意なオペレータを営業・マーケティング部門や商品企画部門に異動させることで、顧客インサイトを抽出し、商品・サービス企画に落とし込んだり、他部門と情報共有したりする経験を積むことができる。
続いて必要とされるのは「IT人材」である。いくら顧客ニーズを把握し顧客インサイトを抽出する能力が高いVOC人材がいたとしても、材料となるVOCがデータとして蓄積されておらず、また、VOCを分析するためのツールが用意されていなくては、VOC人材も能力を発揮しきれない。
そこで、VOCを蓄積していくための「VOC基盤」を企画・運用できるようなIT人材が必要になる。もちろん、各企業のIT部門には、“システムを作る”専門家がいるはずであるが、業務視点で使いやすい/使ってもらえるシステムを構築・運用するためには、業務とITの架け橋となる人材が不可欠である。そこで、ITリテラシーが高く業務にも精通したオペレータを、IT部門に一定期間、配置することで、ITに関するスキルを磨いてもらい、その知見をセンター内のI T担当として還元してもらうということが考えられる。
さらに、IT人材の派生として、「AI人材」もこれからのコンタクトセンターの運営には必須になる。今はまだ、プロダクトアウト型で使えるところにAIを使ってみようというスタンスの企業が多いが、AIの効果を最大限発揮するためには、プロダクトアウト型で局所的にAIを活用するのではなく、顧客接点に関わる業務全体でAIの活用範囲を設計する必要がある。自律型AIエージェントの普及により、必ずしも深いIT知見がなくとも、業務自体を深く理解し業務を整理してAIエージェント化のための適切なプロンプトに落とし込みできる能力がAI人材に求められる。この観点でも、先進テクノロジーの活用に前向きなコンタクトセンター内の人材が、IT部門で必要な経験を積めるようにキャリアパスを整備しておくことが有効である。
実際、コンタクトセンターでのシステム導入・刷新においても、IT人材の不足やデジタルスキルの不足を課題視している企業は多い。サーベイでは、コンタクトセンターでのテクノロジー活用において何がハードルになっているかを質問しているが、予算措置と並んで、デジタルスキルの不足がテクノロジー活用のハードルになっていることが分かった(予算措置とデジタルスキル不足のどちらも、33%の企業がシステム導入・刷新のハードルとして回答している)。
これまで通り、オペレータを確保するためのEX向上施策ももちろん重要であるが、コンタクトセンターの役割が変化する中では、オペレーションの高度化を担える人材を育成・確保するためのEX向上施策が重要になる。中長期的な視点で、コンタクトセンターおよびその関連部門で必要な人材を内製で育成・確保できるようなキャリアパスを整備することを検討してほしい(図5)。

EX向上施策、とくにキャリアパス整備の重要性を理解していたとしても、EX向上施策の実行にあたっては、予算確保が課題になることも多いだろう。予算確保においては、品質・生産性向上に加え、離職率改善などの投資効果があることを定量的に示し、投資の意思決定を促すことが重要である。
そのためには、PoC(概念実証)などでスモールに施策を実行し、小規模・短期的でも成功事例(Quick-win)を積み上げていくことを検討してほしい。
2023年のサーベイによると、日本企業の7割が外部委託でコンタクトセンターを運営している。ここまでEX向上施策の1つとしてキャリアパス整備の重要性を説明してきたが、委託先オペレータのキャリアパス整備には限界がある。この場合、委託元と委託先が「協業パートナー」として密に連携し、EXのあるべき姿や具体的施策を協議することが重要だ。
受委託の関係であっても、出向や研修を通じて、委託先と委託元の間で知見を共有しながら人材育成することは可能である。そのため、委託元・委託先の双方が、Win-Winとなる関係性の構築を目指してEX向上施策を検討してほしい。
なお、委託先と対等なパートナーとして協業するためには、委託元のベンダーマネジメントの力量も問われる。現状では、委託先に“丸投げ”状態で、委託元にセンター運営のノウハウがないケースもあるだろう。その場合、キャリアパスを整備するうえでは、人材交流などを通じてベンダーマネジメントのスキルを有した「VMO人材」を委託元で育成・確保することも考慮したい。
また、VMOを含むセンター運営のノウハウを委託元でも保持するためには、CoE(センター・オブ・エクセレンス)を立ち上げ、一部業務を内製化し、ノウハウを蓄積していくことも選択肢になり得る。本稿では、CoEについての詳細の解説は割愛するが、コンタクトセンターを取り巻く環境の変化が加速する中で、CoEにおいて先進ツールや新たな業務プロセスをトライアルしながらノウハウを蓄積していくことは、企業としての強みになる。また、CoEを通じて業務理解を深め、役割を最適化することは、より良いキャリアパスの検討にもつながる。キャリアパス整備などのEX施策を通じて、個々人が有するスキル・ノウハウを高めるとともに、組織としてのケイパビリティ向上も目指してほしい。
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EX向上はCX向上に直結する重要な要素であり、コンタクトセンターの高度化において欠かせない戦略的課題だ。日本企業はまだ本格的にEX向上施策に取り組めていないものの、EXへの投資を通じ、顧客満足度や生産性の向上といった成果を実現できる企業こそが、今後の競争を勝ち抜くカギを握るといえる。コンタクトセンターを取り巻く環境が変化する中、キャリアパス整備など、中長期的な視点で持続可能な組織・人材作りに取り組んでほしい。
2025年05月20日 00時00分 公開
2025年05月20日 00時00分 更新