戦略編
第5回最終回
コンタクトセンター領域においても、生成AIが革新的なソリューションとして注目されている。しかし、グローバル全体で見ても、生成AIを顧客応対などの社外業務で最大限活用できている企業は限定的だ。本稿では、デロイトが実施したグローバルサーベイの結果から、生成AIを活用して「人間らしいデジタルチャネル」を構築し、効率化だけでなく、真の顧客体験(CX)向上も実現するための方向性を示したい。
生成AIの実用化が始まって以降、顧客体験(CX:Customer Experience)、従業員体験(EX:Employee Experience)や、生産性の向上など、コンタクトセンターの抱える課題を解決するソリューションとして、活用方法の模索が続いている。
デロイトが2025年に実施したカスタマーサービス・エクセレンス・サーベイ(以下、サーベイ)によると、グローバル全体で60%の企業が、生成AIを業務に利用していると回答しており、コンタクトセンターにおいても生成AI活用が広まっていることが分かる(図1)。しかしながら、社内向け業務における利用の割合が高く、顧客接点などの社外向け業務に利用できている企業は26%にとどまり、生成AIを十分に活用できていないのが現状だ。

当社では、生成AI活用の要諦として、①局所的ではなく業務全体の中で生成AIの活用範囲を設計すること、②複数のキャリアパスを用意し“AI人材”を含む人材の多様性担保とEX向上を図ること、③人間らしいデジタルチャネルにより提供価値を向上すること──の3点が重要だと考えており、今回は③に挙げた「人間らしいデジタルチャネルによる提供価値の向上」について掘り下げたい(①②については、過去の第2回・第4回の連載記事を参照してほしい)。
デジタル技術の発達に伴い、顧客自身による自己解決に対する需要は高まっている。従来、顧客対応は、コールセンターや有人チャットのような「対人型」のサービスが中心だったが、昨今では「セルフサービス型」のチャネル、例えばチャットボットやFAQページなどが普及している。これにより、顧客は好きなタイミングで、自分に合った方法で問題を解決できるようになっている。サーベイでは、48%の一般顧客が昨年と比較してセルフサービスチャネルを利用する頻度が増加したと回答しており、減少したと回答したのはわずか10%だったことからも、セルフサービスチャネルの普及は明らかだ。
しかし、このようにセルフサービスチャネルが普及する一方で、その満足度には課題がある。サーベイにおいて、企業の展開するセルフサービスチャネルに対する満足度を調査したところ、満足していると回答した割合は32%であり、ニーズに十分応えられているとはいえない。サーベイにおいて、10%の顧客がデジタルチャネルの利用頻度を減らしたと回答していることを踏まえると、セルフサービスチャネルでの不満足が、一部顧客の“セルフサービス離れ”につながっていると考えられる。
セルフサービスチャネルを利用するにあたって、利用者は、自身が抱える問題が解決することはもちろんのこと、パーソナライズされた対応にも期待していることがサーベイでは明らかとなっている(図2)。顧客は自己解決がしたいわけではなく、迅速かつ自身に寄り添った問題解決を求めており、セルフサービスはそのための1つの手段でしかない。従来型のセルフサービスチャネルでは、このような顧客のニーズに十分応えられていないと考えられる。

このような顧客ニーズに応え、セルフサービスチャネルに対する満足度を高めるために、生成AIを活用することができるが、それにはいくつかの課題が存在する。生成AIは、膨大なデータを高速で処理し、パターンを抽出し文章を生成することは得意だが、暗黙の意図や文脈を理解することは不得手であり、顧客の曖昧な質問や複雑な背景を読み取ることは難しい。すなわち、顧客が抱える問題を解決できたとしても、そのプロセスにおいて顧客の置かれた状況に応じた“寄り添い”を提供するには限界があるのが実情だ。
そこで重要になるのが「人間らしいデジタルチャネル」というアプローチだ(図3)。「人間らしいデジタルチャネル」とは、生成AIなどのデジタル技術の持つ高速処理能力に、人間の持つ意図や感情の理解といった強みを掛け合わせ、顧客に寄り添う価値を提供することを意味する。このアプローチでは、デジタルチャネルにも人間らしさのあるやり取りを組み込み、顧客に親近感や安心感を与えることができる。さらに、有人オペレーションも組み合わせることで、複雑な問題であってもより迅速な解消につながる。このように、デジタル技術と人間の強みを掛け合わせて提供価値を最大化することが重要だ。

「人間らしいデジタルチャネル」の実現は、単なる技術導入の枠を超え、顧客との信頼関係を築くためのカギとなる。顧客がセルフサービスチャネルを利用する際に感じるストレスを軽減し、よりスムーズな体験を提供することで、顧客満足度だけでなく、ブランドロイヤルティの向上にもつながると考えられる。
では、「人間らしいデジタルチャネル」がどのようなものか、具体的な生成AI活用のアイデアを見ていこう。
「人間らしいデジタルチャネル」を実現するためには、生成AIの持つ高度な処理能力を活かしつつ、顧客一人ひとりの特性やニーズに応じた応対を設計することが重要だ。その一例として、生成AIを組み込んだチャットボットの活用が考えられる。
従来のチャットボットは、あらかじめ設定されたルールやキーワードにもとづいて、決められた応対を行うルールベース型のチャットボットであった。しかし、このようなルールベース型のチャットボットでは、顧客の質問が複雑である場合や、想定外の文脈で入力された場合に対応できないという課題があった。生成AIをチャットボットに組み込み、会話のフローを工夫すれば、顧客の入力する文章の特性に合わせた応対を行うことができ、従来型のチャットボットとは異なる寄り添ったCXを提供できる。
具体的には、文章の入力が苦手な顧客に対しては、AIが必要事項をさらに問いかけることで顧客が自身の言葉で問題を説明できるようサポートする。また、文章の要約が苦手な顧客に対しては、生成AIが回答内容を反復し、重要なポイントを強調することで、顧客が情報を正確に理解できるようにする。このように顧客の特性に応じて、生成AIが柔軟な応対を行うようフローを設計することで、顧客を効率的に自己解決に導くことが可能になるだけでなく(図4)、このような仕組みは顧客に安心感、親近感を提供し、満足度やロイヤルティの向上にもつながる。

しかし、生成AIだけでは解決できないケースも存在する。とくに、顧客の状況によって回答の異なる複雑な問い合わせや、ハルシネーションなどで誤った情報を伝えることが許されない重要な問い合わせがこれに該当する。顧客が必ずしも自己解決に拘っているわけではないことを踏まえると、このような問い合わせに対しては、有人オペレータが介入する前提で応対フローを設計し、有人オペレータがチャットボットからスムーズに応対を引き継げるよう適切な導線を整備しておくことも重要だ。
例えば、生成AIがこれまでの応対情報を要約してオペレータに提供することで、オペレータは顧客の状況を迅速に把握できる。また、AIが顧客データを分析し、その結果から必要なナレッジをサジェスト表示することで、オペレータが状況に応じた的確な回答を提供できるよう支援することも可能だ。
さらに、人間らしい親しみやすさを演出するために、AIアバターと組み合わせることも考えられる。発話内容に合わせて、アバターが人間らしい自然な表情や動作を示すことで、顧客に安心感、親近感を与えることができる。例えば、顧客が不満を抱えている場合には、AIアバターが柔らかい表情や落ち着いたトーンで対応することで、顧客の感情を和らげる効果が期待できる。また、喜ばしい結果を伝える際には、明るい表情や活発な動きを示すことで、顧客のポジティブな体験を強化することもできる。
AIアバターと生成AIによる顧客データ分析を組み合わせることで、より高度なCXを実現することも可能だ。例えば、顧客の過去の問い合わせ履歴や嗜好を分析し、それに基づいて個別化された対応をAIアバターが提供する。これにより、顧客は「自分のことを理解してくれている」と感じ、企業に対する信頼感やロイヤルティが高まる。また、AIアバターが顧客の感情をリアルタイムで分析し、適切な応答を行うことで、顧客との対話がよりスムーズかつ効果的になる。
このように、生成AIやAIアバターの活用は、単なる効率性の向上にとどまらず、顧客に寄り添う体験を提供するための手段として大きな可能性を秘めている。デジタルチャネルに人間らしさを取り入れることで、顧客は単なるサービス利用者ではなく、企業にとっての重要なパートナーとしての位置づけを感じることができるだろう(セルフサービスチャネルでの解決率を向上するには、生成AIを活用したマルチモーダル対応も有効だ。詳細については、連載第3回の記事を参照してほしい)。
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「人間らしいデジタルチャネル」は、生成AIの能力を最大限に活用しつつ、人間の強みを組み合わせることで、顧客に寄り添い、迅速かつ的確に問題を解決することを目指すアプローチだ。本稿では、「人間らしいデジタルチャネル」を実現する生成AIの活用アイデアをいくつか紹介してきた。重要なことは、AIと人間の協働により、効率性と共感のバランスを取ることだ。生成AIを単なる効率化のツールとして捉えるのではなく、顧客との信頼関係を深めるために戦略的に活用していくことが求められる。
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本稿をもって、本連載は最終回となるが、これまでの記事で紹介した生成AIの活用方法や、そのための基盤づくりの考え方が、皆さまの企業活動における競争優位性強化の一助となれば幸いです。
2025年06月20日 00時00分 公開
2025年06月20日 00時00分 更新