ここまで再投資先を論じてきたが、現場の声を聞くと、もっと根深い現象が起きている。
「生成AIで生産性は上がったが、創出できた時間には同じ種類のタスクが増えるだけなので、むしろ以前より疲れている」
AI導入で確かに業務は効率化された。しかし空いた時間にはさらに多くの「同じ種類のタスク」が積まれる。結果、現場はAI導入前より忙しく、疲弊している—いわゆる「AI疲れ」だ。これは個人のメンタルの問題ではない。組織が再投資先を設計していないために起きる構造現象である。余白が生まれたとき、人は自分が慣れ親しんだ仕事でその隙間を埋めようとする。オペレータなら「もう1件多く電話を受けよう」、SVなら「もう1本多く報告書を書こう」となるだろう。組織が意識的に別の価値を生む仕事へ振り向ける設計をしなければ、AIは生産性向上ツールではなく「疲弊の増幅装置」になる。
前述したホテルグループのマーケティング担当者も、AIがなかった時代は「コメントへのアクション回答作成」という同じ種類の仕事で時間が埋まり、本来の分析業務が毀損されていた。AI疲れとVOCの課題は、実は同じ構造問題—「余白の設計不在」—から生まれている。この「余白の設計不在」はコンタクトセンター固有の問題ではない。たとえばカスタマーサクセスマネージャー(CSM)の現場では、AIが議事録・進捗確認・レポート作成を引き受けたことで生まれた時間が、結局、「もう1件のフォローアップ」で埋まる例が頻発している。SVと同じく、CSMもまた「AIに事務を渡した後、自分は何の専門家になるのか」という問いに答える必要がある。職種を超えて、再投資先の設計は経営の責任なのだ。
ここで問いを投げかけたい。自組織の状況を確認して欲しい。
①AI導入後、1人あたり処理件数の目標を引き上げた
②浮いた時間の使い道を組織として明文化していない
③評価制度はAI導入前と変わっていない
④SVのコーチング時間は実際には増えていない
私が日々さまざまな企業のコンタクトセンター責任者と対話するなかでは、該当項目が多い組織ほど「現場が以前より疲弊している」という相談が寄せられる傾向がある。閾値というより、自組織を点検する際の感度の目安として活用してもらいたい。

前編で指摘した経営・SV・オペレータの3者間のギャップは、結局のところ「余白の設計」の問題に行き着く。経営は「AIが浮かせた時間で何を評価するか」を決め、効率KPIと価値KPI(VOC経営還元件数、コーチング実施時間、複雑案件解決率)を分離する。SVはコーチング枠の固定運用と価値KPIのモニタリングを担う。オペレーターは「件数」ではなく「質」で評価される正当性を得る。3階層それぞれに役割が定義されて初めて、Co-pilot型は組織として機能する。
前編で論じた「Co-pilot型」と、後編で論じた「組織設計」は、同じ問いの表と裏である。つまり、AIの時代に、人間は何の専門家であるべきかということだ。日本のコンタクトセンターは2つの未来のどちらかに分岐する。AIで効率化された「処理工場」として残る道か、顧客の声を経営に還流させる「価値創造の源泉」になる道か。どちらに進むかは技術選択では決まらない。「AIが空けてくれた席に、何を座らせるか」で決まる。
著者プロフィール
中出昌哉
テックタッチ株式会社 取締役CFO/CPO
テックタッチでは、「AI Central」(AI技術を活用した新規事業開発を担う専門組織)の事業責任者としてAI戦略をリード。プロダクト戦略責任者(CPO)および財務責任者(CFO)も担う。一般社団法人日本CPO協会の理事も務める。東京大学経済学部、マサチューセッツ工科大学(MIT)MBA卒。野村證券株式会社にて投資銀行業務に従事し、素材エネルギーセクターのM&A案件を多数手がける。その後、カーライル・グループにて投資業に従事。ヘルスケア企業のバリューアップや、グローバル最大手の検査機器提供会社への投資等を担当。テックタッチには2021年3月、CFOとして入社。著書に、『やりきる意思決定-生成AIという「人間を超える知性」を従える究極のビジネススキル-』(かんき出版)がある
2026年09月01日 15時28分 公開
2026年09月01日 15時28分 更新