
AIによって浮いたリソースを何に使うか。もちろん、「同じ仕事の量を増やす」ことに再投資する選択肢は考えられるが、それだけでは組織の競争力は積みあがりにくい。「異なる種類の仕事」へと質的に転換させていくことで、Co-pilot型の真価が見えてくる。そしてその転換は、個人の努力に頼るだけでは継続しない。組織としての設計が支えになって初めて定着していく。
コンタクトセンターにおいてAIが浮かせるリソースは、主に3種類が挙げられる。(1)通話後の要約・記録作成の自動化(ACW短縮)、(2)応対中の情報検索・FAQ参照の支援、(3)応対履歴の構造化・分類の自動化である。これらはいずれも「処理の効率化」であり、オペレータの時間的余白を生み出す。問題は、この余白をどこに向けるかだ。
第一に、SVによるコーチング時間の確保が考えられる。 多くのセンターでSVが最も不足しているのは、オペレータと個別に向き合う時間だ。AIが事務処理を引き受けることで、SVは週単位にすれば数時間のコーチング枠を設けられるだろう。ただし「空き時間ができたら随時やる」では機能しない。カレンダーに固定し、評価項目に組み込んで初めて継続する。第二に、複雑な案件や高感情案件への対応力強化が考えられる。 AIで処理できる定型案件が増えるほど、有人チャネルに残る案件は相対的に難易度が上がるはずだ。だが、ここで磨かれる対応力こそが、AI時代において人間が担う最後の競争優位の源泉になる。余白を活用したロールプレイ研修や事例研究の時間を組み込むことで、オペレータは「AIに置き換えられない専門職」へと確実に進化していく。
そして第三に、最も重要だと考える再投資先が、「VOCの構造化と経営への還元」である。ここに、Co-pilot型を採用する真価がある。

あるホテルグループのマーケティング部門は、複数施設の顧客満足度アンケートを分析する役割を担っていた。しかし実態は、分析というより「コメントの処理」に追われる日々だった。
月次の会議では、宿泊・レストラン各部門の担当者が顧客コメントを1件ずつ確認し、それぞれにアクションを記入する運用が続いていた。人手不足の現場スタッフがミーティングを設定してコメントに対策を書き続ける—「この資料作りが現場スタッフのゴールになってしまっていた」と、同社のマーケティング担当者は語る。
問題はさらに根深い。「部屋が狭い」「設備の老朽化」といった今すぐには対応できないコメントにも回答を書かねばならず、優先度の低い声にも時間を取られる一方、本当に手を打つべき課題は埋もれていく。しかも同じコメントが毎月繰り返し上がっても、前回の対応と現状が照合されないため、改善がトラッキングできていない。「毎回同じ話になっている」という状況だ。VOCの活用が進まなかった背景には、ツールの限界もあった。既存ツールではカテゴリを増やすと精度が落ちるため、分類を大幅に減らさざるを得ず、詳細な分析ができなかった。分析結果は依頼した部門にしか届かず、他部門は「渡されたものしか見られない」という縦割り構造が常態化していた。
マーケティング部門は顧客の声から課題を感じ取っていても、データの裏付けなしに現場に提案をすると「あなたたちは現場で働いているわけじゃない」と跳ね返される。「件数で裏付けができれば、私たちが問題だと思ったことも提案できるし、現場も課題感を持ってもらえるのではないか」—そう語る担当者の言葉に、VOCが経営に届かない構造問題の本質が凝縮されている。

こうした構造的な課題を受け、近年はVOC分析特化型のAIソリューションが盛んにリリースされている。コールログやアンケートをAIが自動でカテゴリ分類し、階層型の分類構造と分析結果の可視化、自然言語での問い合わせ機能を組み合わせる構成が主流になりつつある。
重要なのは機能の有無ではなく、組織に起きる変化だ。前記したホテルグループでは、AIが自動で精度の高いカテゴリ分類を行うことで、これまで「手が回らない」と諦められていた複数施設横断の分析や、時系列での改善追跡が可能になった。「件数が多く、しかも改善されないまま継続している」—こうした顧客の声の傾向が、ダッシュボード上で把握できるようになっている。ここで強調したいのは、これは「効率化」の話ではないということだ。
この事例で起きていたことの本質は、時間の逼迫によって、本来実践できていたはずの「おもてなし」や「サービス改善」が長年にわたり失われていたという点にある。マーケティング担当者はコメント処理に追われて本来の分析業務ができず、他部門はVOCにアクセスする手段すらなかった。AIが分類と構造化を引き受けることで起きるのは、「新しいことを始める」というより、「壊れていたものをやっと修復する」という変化である。分析チームが本来やるべきだった多角的な分析に初めて着手できる。VOCに触れたことのなかった部門が、自ら問いを立てられるようになる。経営会議で「お客様はこう言っています」という一次情報が、四半期に一度ではなく日常的に飛び交うようになる。これは効率化の延長線上にある変化ではなく、組織の意思決定の質そのものが変わる転換といえる。
AIによる構造的な変化は、組織の意思決定の質そのものを変える可能性を持つ。ただし、AIを導入するだけでは、余白は「価値」に変わらない。以下の5つの条件を、導入前後の設計段階で押さえておきたい。

1. 価値KPIを「3つのレイヤー」で定義する
「VOCの経営還元件数(対経営)」「コーチングの実施時間(対現場)」「複雑案件の解決率(対顧客)」—この3つを、従来の処理件数という効率性という指標とは別軸の「価値指標」として確立する。これがなければ、浮いた時間を何に再投資すべきか、組織内での合意は決して形成されない。
2. ベースライン(導入前の現状値)を計測する
効果検証にはBefore値が不可欠だ。3点の価値KPIについて、現状の数値をスナップショットとして残しておこう。
3. コーチング枠の固定スロットを設計する
曜日・時間・1人あたり頻度を確定し、カレンダー招待まで完了させる。「空き時間でやる」運用は必ず破綻する。
4. 件数目標を据え置く合意を経営と取り付ける
ここを通さずに導入すると、再投資設計は初日から破綻する。「効率化したのだから件数を増やせる」という発想を、経営との対話で事前に転換させておく必要がある。
5. オペレータに評価軸の転換を通知する
「件数」から「質」への転換を本人が認識して初めて、行動が変わる。評価制度の変更点を明示的にコミュニケーションする。
ここまで再投資先を論じてきたが、現場の声を聞くと、もっと根深い現象が起きている。
「生成AIで生産性は上がったが、創出できた時間には同じ種類のタスクが増えるだけなので、むしろ以前より疲れている」
AI導入で確かに業務は効率化された。しかし空いた時間にはさらに多くの「同じ種類のタスク」が積まれる。結果、現場はAI導入前より忙しく、疲弊している—いわゆる「AI疲れ」だ。これは個人のメンタルの問題ではない。組織が再投資先を設計していないために起きる構造現象である。余白が生まれたとき、人は自分が慣れ親しんだ仕事でその隙間を埋めようとする。オペレータなら「もう1件多く電話を受けよう」、SVなら「もう1本多く報告書を書こう」となるだろう。組織が意識的に別の価値を生む仕事へ振り向ける設計をしなければ、AIは生産性向上ツールではなく「疲弊の増幅装置」になる。
前述したホテルグループのマーケティング担当者も、AIがなかった時代は「コメントへのアクション回答作成」という同じ種類の仕事で時間が埋まり、本来の分析業務が毀損されていた。AI疲れとVOCの課題は、実は同じ構造問題—「余白の設計不在」—から生まれている。この「余白の設計不在」はコンタクトセンター固有の問題ではない。たとえばカスタマーサクセスマネージャー(CSM)の現場では、AIが議事録・進捗確認・レポート作成を引き受けたことで生まれた時間が、結局、「もう1件のフォローアップ」で埋まる例が頻発している。SVと同じく、CSMもまた「AIに事務を渡した後、自分は何の専門家になるのか」という問いに答える必要がある。職種を超えて、再投資先の設計は経営の責任なのだ。
ここで問いを投げかけたい。自組織の状況を確認して欲しい。
①AI導入後、1人あたり処理件数の目標を引き上げた
②浮いた時間の使い道を組織として明文化していない
③評価制度はAI導入前と変わっていない
④SVのコーチング時間は実際には増えていない
私が日々さまざまな企業のコンタクトセンター責任者と対話するなかでは、該当項目が多い組織ほど「現場が以前より疲弊している」という相談が寄せられる傾向がある。閾値というより、自組織を点検する際の感度の目安として活用してもらいたい。

前編で指摘した経営・SV・オペレータの3者間のギャップは、結局のところ「余白の設計」の問題に行き着く。経営は「AIが浮かせた時間で何を評価するか」を決め、効率KPIと価値KPI(VOC経営還元件数、コーチング実施時間、複雑案件解決率)を分離する。SVはコーチング枠の固定運用と価値KPIのモニタリングを担う。オペレーターは「件数」ではなく「質」で評価される正当性を得る。3階層それぞれに役割が定義されて初めて、Co-pilot型は組織として機能する。
前編で論じた「Co-pilot型」と、後編で論じた「組織設計」は、同じ問いの表と裏である。つまり、AIの時代に、人間は何の専門家であるべきかということだ。日本のコンタクトセンターは2つの未来のどちらかに分岐する。AIで効率化された「処理工場」として残る道か、顧客の声を経営に還流させる「価値創造の源泉」になる道か。どちらに進むかは技術選択では決まらない。「AIが空けてくれた席に、何を座らせるか」で決まる。
著者プロフィール
中出昌哉
テックタッチ株式会社 取締役CFO/CPO
テックタッチでは、「AI Central」(AI技術を活用した新規事業開発を担う専門組織)の事業責任者としてAI戦略をリード。プロダクト戦略責任者(CPO)および財務責任者(CFO)も担う。一般社団法人日本CPO協会の理事も務める。東京大学経済学部、マサチューセッツ工科大学(MIT)MBA卒。野村證券株式会社にて投資銀行業務に従事し、素材エネルギーセクターのM&A案件を多数手がける。その後、カーライル・グループにて投資業に従事。ヘルスケア企業のバリューアップや、グローバル最大手の検査機器提供会社への投資等を担当。テックタッチには2021年3月、CFOとして入社。著書に、『やりきる意思決定-生成AIという「人間を超える知性」を従える究極のビジネススキル-』(かんき出版)がある