デジタルでのおもてなし術── Web接客とコミュニケーション 第4回

2026年9月号 <デジタルでのおもてなし術── Web接客とコミュニケーション>

榊原隆之

基礎編

第4回

事業会社のエゴ──効率化の罠から抜け出す
対話を減らすより、信頼を増やす発想へ

ECサイトについて効率化の観点から、「問い合わせをゼロにする」といった目標を掲げる企業がある。その発想は、はたして顧客のためになっているのだろうか。効率を優先するあまり、企業の都合を優先してはいないか。今回は、「問い合わせゼロ」という考え方を切り口に、問い合わせ対応を“コスト”ではなく“顧客との関係性を築く投資”と捉え、Web接客のあるべき姿を考える。

PROFILE
アルビオン 国際ブランド推進室参事
榊原隆之
1991年アルビオン入社。全国の化粧品専門店・百貨店営業を経て、EC事業の立ち上げを推進。自社サイトは4サイトをShopifyで立ち上げ運営。「アナスイコスメティクス」など複数ブランドの国内販売責任者を担い、カスタマーサポートを軸にブランディングを提唱。

 「当社の目標は、問い合わせをゼロにすることです」

 これは、ある企業のEC責任者からの言葉です。

 この言葉を聞いた時、私は強い違和感を覚えました。これが「事業会社のエゴ」に感じられたためです。というのも、問い合わせ対応にはコストがかかります。人員も時間も必要です。だから、“問い合わせを減らしたい”という気持ちは理解できます。

企業の「なるべく聞かないで」

 「問い合わせをゼロにする」という目標には、お客様が見えていないように感じます。「問い合わせをゼロにする」というのは事業者のエゴに過ぎないのではないでしょうか。

 実店舗での買い物を想像してください。商品を手に取り、「これ、どうやって使うんですか?」と店員にたずねることは、ごく自然な行動です。店員は笑顔で答え、時には実演してくれます。この何気ないやり取りが、購入の決め手になることも少なくありません。

 ところが、ECサイトでは事情が異なります。

 お客様が「疑問について聞きたい」と思っても、「まずはFAQをご覧ください」と誘導するサイトもあります。まるで、「なるべく聞かないでください」と言っているようです。私自身もECサイトで買い物をする際、この「聞きにくさ」に何度も直面しました。

 商品ページを何度も読み返し、FAQを隅々まで探し、レビューを読み漁る。それでも不安が解消されず、結局購入を諦めたことが何度もあります。

 これでは、答えを探す過程で疲れ果て、購買意欲が失われる──これは、お客様にとっても事業者にとっても、大きな機会損失です。

「売る」と「買っていただく」の違い

 販売スタッフが、お客様に一方的に商品を勧める光景を見たことがあるでしょう。

 「この商品、今月のキャンペーンでとくにお勧めです」「この美容液、売れてるんですよ」。こうした言葉は、時にお客様を遠ざけますし、見ているだけでも不快な気持ちになります。なぜなら、それは「売る」ための言葉であり、お客様の悩みに寄り添っていないからです。「最近、お肌で気になることはございますか?」「普段、どんなケアをされていますか?」──こうした問いかけから始まる対話のプロセスこそが、「買っていただく」ためのカギです。

 お客様は、自分の悩みを理解してくれた人から商品を買いたいのです。つまり、前号でも触れた「対話」です。コミュニケーションをとった人から買いたいのです。

 これは、ECサイトも同じです。サイト内のコンテンツをいくら充実させても、それは一方通行の情報提供に過ぎません。お客様1人ひとりの状況や、悩みに合わせた提案ができなければ、「売る」ことはできても「買っていただく」ことは難しいでしょう。ECサイト上ではどうしても情報が一方通行になりがちですが、お客様とコミュニケーションを取れる環境は常に整えておくべきでしょう。

AIチャットに頼りすぎる危険性

 近年、AIチャットの性能は飛躍的に向上しています。自然な会話ができるAIも増え、「人間と見分けがつかない」とすら言われます。

 当社のサイトでもAIチャットによる回答の提供はしており、多くの方にご利用いただいています。

 しかし、私はAIチャットに過度に依存することに警鐘を鳴らしたいと思います。AIチャットが得意な領域は確かに存在します。的確に、そしてタイムリーに回答をお届けすることはできますが、寄り添い、背中を押すことはできません。AIチャットですべてを完結させようとすることは、お客様の複雑なニーズや感情を軽視する、事業会社のエゴではないでしょうか。

対話を通じて買っていただく

 当社のANNA SUIやPAUL & JOEのECサイトでは、あえて問い合わせのハードルを下げています。

 サイトの目立つ位置にチャットボタンを配置し、「お気軽にご相談ください」というメッセージを添えています。

 当初、社内からは「問い合わせが増えて対応しきれなくなるのでは」という懸念の声があがりました。しかし、運用を始めてみると、予想とは異なる結果が出ました。

 実際のところ、問い合わせ件数は増えました。しかし、それ以上に購入率が向上したのです。チャットで相談したお客様の購入率は、サイト全体の購入率の約15倍となっています。

 さらに、リピート率も高く、長期的な顧客生涯価値(LTV)も明らかに高い傾向が見られました。つまり、お客様との対話により、信頼関係が生まれ、ファンが増え、結果として売り上げが伸びる──問い合わせ対応はコストではなく投資でもある。これが、私たちが実感した事実です。

イメージイラスト

おわりに

 「問い合わせゼロ」を目指すのではなく、「お客様が気軽に相談できる環境」を整えること。

 これは、「自己解決を強制する」のではなく、「対話を通じてともに解決する」ことです。つまりお客様とのコミュニケーションを大切にする。これが、事業会社のエゴから抜け出し、真の顧客志向に立つための第一歩です。

 次回からは、AIによるWeb接客について、2回に分けて詳しくお話しします。

 AIは敵なのか、味方なのか。人間にしかできないことは何なのか。当社の実践例を交えながら、考察していきます。

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会員限定2026年08月20日 00時00分 公開

2026年08月20日 00時00分 更新

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