コラム
第161回
メールを出したが返事がない。こうしたことは時々ある。そのようなときは、もう1回メールするか、親しい間柄であれば、電話してみる。そうすると、迷惑メールに行ってしまったか、どこかに埋もれていたことが分かる。私たちのPCやスマホにはさまざまなサービスから多くの情報が飛び込んで来る情報過多の時代、必要な情報だけを適切に抽出する技術が問われている。
今年7月の参院選では、SNSの活用が大きく勝敗を左右した。街頭演説では、動画を撮ってSNSで拡散してほしいと訴える候補者もいた。たまたま流れて来たショート動画を見て政策に共感し投票したという、とくに若い世代が多いという。SNSは弱者の味方のようなところがある。意外性のある情報やニュースが着目されやすい。従来のメディアでは取り上げられにくかった問題や視点に光を当てる機会になっている。一方、テレビ番組はますます倫理観が問われるようになった。過激な内容も抑えられるようになったためか、視聴者は減っている。問題を起こした芸能人がテレビには出られなくなっても、YouTubeにも選挙にも出ているのには違和感を覚える。SNSには情報の真偽や質の問題がある。拡散力の強い情報が必ずしも正確とは限らず、センセーショナルな内容ほど注目を浴びやすい。
進入禁止の時間帯に進入した車の運転手が、反則切符を交付しようと注意する警察官にスマホを向けて撮影していたため、ひと悶着していたのを見たことがある。単に、運転手の腹いせかも知れないが、SNSにでもアップするつもりなのだろうか。警察官にとっては迷惑な話だろう。また、事故などで救急隊が駆けつけ、手当をしている状況を動画撮影する人たちもいるという。滅多に見られないからか、何かの証拠にでもなるのか。患者やその家族の気持ちを考えるべきである。一方で、安倍元首相が銃撃されたあとの手当のシーンは、何度も見た。何が起きたのかを知りたい我々には、プラスに働くこともある。難しい問題である。
スマホのニュースタイトルに惹かれて記事を読み進めても、内容が期待と異なるということがしばしばある。ニュースを読ませたい側の戦略であることは理解できるし、過剰な表現や誤解を招くタイトルを避けるようガイドラインもあるから、読者の問題なのかも知れないが、情報疲れの原因になる。その点、自分が興味のあるニュースを選別してくれるサービスは助かる。ただし、フィルターバブル効果による情報の偏りに十分に気を付けなければならない。
このように、冷静に自分を見つめ直すことができていれば問題はないが、情報の渦の中にいると、自分が偏った状態にあることに気づかないことが多い。そんな状態で、何かに取りつかれたかのように不機嫌な様子でコンタクトセンターに電話をかけてくる人もいる。そんな相手と関係を築き、信頼を得るためのトーク術には、表面的な言葉選びではなく、相手の本質に踏み込む力が求められる。難易度の高い仕事である。
あふれる情報の中で、SNSがもたらす情報の民主化という恩恵を享受しながらも、受け手側には従来以上に情報リテラシーが求められる時代になっている。
2025年08月20日 00時00分 公開
2025年08月20日 00時00分 更新