コンタクトセンターではじめる『カスタマーサクセス』 第4回

2024年11月号 <コンタクトセンターではじめる『カスタマーサクセス』 顧客心理を用いた応対でさらなる寄り添いを実現>

羽賀 日向子/谷本俊樹/若田部 徹

戦略編

第4回最終回

サイコロジードリブンの「サクセスサポートセンター」
実現までの3ステップと実践の勘所

「自分たちのコンタクトセンターでもカスタマーサクセスを導入しよう」と考える企業は増えている。しかし、「導入に成功した」「大きな成果が出た」というケースは多くない。そのような企業に対するガイドとして、連載最後となる今回は、サイコロジーを用いた「サクセスサポートセンター」立ち上げの具体的な実現ステップ、および勘所について解説する。

PROFILE
PwCコンサルティング
カスタマートランスフォーメーション
羽賀 日向子(著者) シニアアソシエイト
CRM領域における戦略策定や業務改革、データ分析/活用などの幅広いコンサルティング経験を有する
谷本俊樹(監修) パートナー
若田部 徹(監修) マネージャー

 まずは、これまでの内容を簡単に振り返る。第1回(8月号)では、コンタクトセンターで目指すべきは「営業型」ではなく「サポート型」のカスタマーサクセスであることを提言した。第2回(9月号)では、サポート型カスタマーサクセスの実現の一環としてサイコロジー(普段言語化されない心理や価値観)を活用することで、「顧客満足度の向上」「従業員満足度の向上」「自社収益の向上」の三方よしが期待できることを説いた。第3回(10月号)では、カスタマーサクセスにサイコロジーを活用している企業の事例を通して、深い顧客理解がカスタマーサクセス成功のカギとなることを解説した。

 ここまでの話を受けて、「自社でもサイコロジーを用いたカスタマーサクセスを実践したいが、どのように進めるべきか道筋が見えない」と思われた読者もいるかもしれない。今回は、サイコロジーを用いた「サクセスサポートセンター」の実現に向け、具体的な実行ステップや考慮すべき点について解説する。

顧客サイコロジーの把握は
継続的な取り組みが前提

 他の取り組みの導入時にも言えることだが、とくにサイコロジーの活用においては必要な時間をかけ継続的に取り組むことが肝要だ。

 その理由は、顧客のサイコロジーを一度にすべて把握し尽くすことが難しいからだ。第1回でも述べたように、サポート型カスタマーサクセスでは、顧客の困りごとに寄り添い利用目的の達成を助けることが重要だ。困りごとに寄り添うには、その時々の顧客のサイコロジーに配慮した対応が必要だが、顧客のサイコロジーは必ずしも一様ではない。そのため、どうしてもサイコロジーを把握することに時間がかかってしまうのだ。

 では、具体的にどのように推進すべきか、以下の3つのステップについてそれぞれ解説する(図1)。

図1 サイコロジーを用いたサクセスサポートセンター実現に向けたステップ
図1 サイコロジーを用いたサクセスサポートセンター実現に向けたステップ

Step1:サイコロジーを活用し
顧客に寄り添うチャネル全体設計

(1)顧客理解

 まずは、何よりも「顧客理解」から始めることが重要だ。ここでいう「顧客理解」とは、年齢などの属性情報と顧客の性格・心理傾向(せっかち・慎重など)のサイコロジーが、不満を感じる状況とその時の対応傾向に対して、どのように関係しているかを理解することだ。詳しくは第3回の実践事例でも説明したが、例えば若年層が購入したパソコンや携帯電話などの初期設定に関する問い合わせをする場合、とにかく早く設定を完了させたいというせっかちな心理が強く働いている可能性がある。一方で、高齢者層は、早さよりも丁寧に作業を進めることを望む慎重な顧客が多いと推察できる。そのため、自社CRMやWebサイト上の行動データだけでなく、SNSや顧客へのインタビュー、アンケートを通じて、自社サービスに関する顧客心理データを幅広く収集したうえで分類し、どのような心理傾向の顧客の集団が多いかを理解する。この作業は手間がかかるものの以降の作業の基礎となるため、非常に重要なステップとなる。

(2)チャネル全体設計

 前述した顧客群ごとのサイコロジーを理解した後は、そのサイコロジーに合ったチャネル(電話、メール、FAQサイトなど)の提供を下記の手順で実施する。ここで設計したものが後述のトライアルで検証する初期仮説となる(図2)。

図2 チャネル設計の初期仮説立案
図2 チャネル設計の初期仮説立案

 まず、分類したサイコロジー(せっかち・慎重など)の顧客群をさらに問い合わせ実績(コールリーズン)別に分類し、対象人数が多く優先度が高い領域を特定する。そして、各領域において最適なチャネルおよび導線を整理する。例えば、心配性なサイコロジーを持つ顧客群のサービス利用方法の問い合わせには、まずは利用ステップが一覧化されて見やすいFAQを最初のチャネルとしつつ、不安な気持ちに対応するため、必要に応じて有人チャットや電話対応に変更可能な導線を設計する。

 この際に留意したいのは、ユニバーサルサービスを前提とする思考から脱却し、対応レベルの適正化を図ることだ。すべての顧客に最大限のサポートを提供することが理想ではあるが、そうすると企業側はリソース不足に陥り、結果的にサービスレベルを維持できない。顧客への影響を慎重に判断したうえで、必要に応じて対応レベルの引き下げも検討する必要がある。同時に、サイコロジーをもとにチャネルを再設計することで顧客の期待値を超え過剰になっているチャネルが見つかることもある。この部分についても、対応レベルの引き下げやチャネルの廃止を検討する。

Step2:トライアルを通じた
顧客理解の検証

 サイコロジーを踏まえたチャネル全体設計の後は、まずは特定の領域から試験的に始め、トライアルを通して活動の精度を向上させ、改善点を発見する。以降で、その4つの手順を説明する。

1:トライアルの領域選定

 トライアル領域を選ぶ観点としてまず挙げられるのは、「対応がしやすい」ことだ。具体的には、「入電数が少ない」「判断分岐が少ない」ことや、「問い合わせ内容である程度、顧客のサイコロジーが絞れる」ことが挙げられる。サイコロジーを扱う新たな取り組みであるため、対応の難易度が低いほうが導入しやすい。また、「オペレータのスキルが高い」「即時解約になりにくい」領域を選ぶことも、想定外の事態が発生した際の影響を最小化する観点で重要だ。

 有意義な検証とするために、可能であれば複数領域でトライアルを実施し、問い合わせ内容や顧客のサイコロジーに幅がある状態にする点にも配慮したい。

2:トライアルの実行

 トライアル実行中のポイントは、まずオペレータが応対時に顧客のサイコロジーがわかる仕組みをつくることだ。会員など個人特定できている顧客については、あらかじめ該当するサイコロジーをCRMの顧客データに登録し受電とともに表示されるようにすることで、サイコロジーの種類に適した対応を即座に判断することが可能になる。一方、受電時に個人特定ができていない場合やFAQなど個人特定を前提としないチャネルの場合は、多少精度は落ちるが、「迅速性を求める電話はせっかち」「情報を精査するFAQは慎重」などの想定で応対を設計しておくことも可能だ。

 また、トライアルの効果や問題を都度記録することが有効だ。オペレータが会話の中で気づいた不整合があれば、細やかに課題表に記録してもらう。さらに、音声認識と感情分析を取り入れているセンターや、応対後の満足度評価を行っているセンターであれば、仮説にもとづく対応の結果、感情が悪い状態に変化したり満足度が低下したりといったケースを記録することで、仮説のギャップを把握し、後続の検証において有意義な情報を残すことができる。

3:トライアル結果の検証

 トライアル完了後の具体的な検証点は下記を参考にしてほしい。

・顧客理解の妥当性:顧客群別のサイコロジーの定義が実態と乖離していないか
・チャネル設計の妥当性:各チャネルで定義した目的やサービスレベルを達成できているか。該当チャネルによる対応で顧客の目的は達成されたか
・実現性:オペレータは適応できているか。応答率などの主要KPIは既存業務と比較して問題ないか
・効果の有無:売上向上や離脱防止、CX向上などのポジティブな成果が見られたか

 上記について、前述の「2:トライアルの実行」でも触れた実行中の仮説との不整合の記録を活用することで、具体的な問題点を特定することが可能だ。

4:改善策の立案

 検証を踏まえた改善策の検討の際に立ち戻るのは、Step1で実施した顧客理解とチャネル設計だ。そもそも顧客理解の仮説が誤っていたなら、年齢などの顧客属性群や問い合わせ内容ごとに想定したサイコロジーを再設定、または細分化する。チャネル設計が誤っていたなら、オペレータが不整合を感じたり満足度調査のスコアが低下したりといった、応対で利用したチャネルの適否を改めて検討する。当初の仮説と乖離が大きい場合は、再度のトライアルも検討し、手間をかけてでもこの段階でサイコロジーを活用した「応対の型」をつくることを目指してほしい。

Step3:適用範囲と
現場浸透の拡大

 トライアルで顧客理解やチャネル設計について一定の検証ができたら、徐々に適用する業務範囲を拡げる。拡大方法としては、適用する業務や部門を拡大することに加え、運用高度化につながるシステム面の改修も有効だ。例えば、顧客のデジタル上の行動を可視化するサービスと連携し、「CRM上に登録されたサイコロジーデータを顧客の行動データに基づいて自動的に更新する」といった改修によって、顧客のリアルタイムな心理状況の把握が可能になる。

 ただし、適用範囲を拡大していく際にはいくつかの障壁が予想される。例えば、業務担当者が増えたり、時間の経過による慣れが生まれたりすることで、目的理解がおろそかになり、サイコロジーの考慮が形骸化してしまうケースだ。目的は従来よりもさらに顧客に寄り添い困りごとを解決することであるにもかかわらず、「心配性の顧客だからとにかく電話で丁寧に」と型にはまりすぎた対応をとると、「心配性だが、今は簡潔な対応を求めている」といった個別ニーズを見落とす懸念も起きうる。

 これを防ぐためには、Step2のトライアルで解説した応答率や顧客満足度などのKPIをもとに、「効果が出ているか/問題が起きていないか」を定量的かつ継続的に判断していくことが重要だ。

カスタマーサクセス×サイコロジーで
顧客に選ばれるセンターになる

 これまでの4回の連載で、カスタマーサクセスを目指すうえでサイコロジーを活用する意義や実現方法について解説してきたが、重要なことは継続的に取り組み、実行と改善を積み重ね続けることだ。サイコロジーという定量化しにくい概念を取り扱うことは簡単なことではないが、感情がある「人(顧客)」を相手にしている以上、サイコロジーに寄り添った“心に響く”対応は、必ずや顧客の満足度や体験を良い方向へと変えることができる。そして今後、顧客の価値観多様化、社内の経営貢献への要請、昨今の技術の進化によって、さらなるサポート高度化と業務効率化がセンターには求められる。そこでは、サイコロジーの活用と仕組み化は必須の取り組みとなっていくはずだ(図3)。そのような将来において、サイコロジーをカスタマーサクセスに活用し“顧客から選ばれ続けるセンター”が増えることを願っている。

図3 環境変化によるサイコロジー活用の必要性
図3 環境変化によるサイコロジー活用の必要性

2024年10月20日 00時00分 公開

2024年10月20日 00時00分 更新

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