藤島 誓也 

本誌記事 連載 カスタマーサクセスAtoZ 第8回

Trend 連載

日本型SIビジネスでも有効!
既存顧客の維持・利用拡大への貢献度を強調

カスタマーサクセス部門を設置する企業が増えたことで、立ち上げ時のプロジェクトリーダーから「既存組織の壁、ヒエラルキーに悩んでいる」という相談を受ける機会が多くなった。とくに歴史のある大手企業では、カスタマーサポートや営業のなかにカスタマーサクセス業務と類似した部門があり、業務干渉が起きている。今回は、こうした事象の背景や、具体的に取るべき対策を考察する。

藤島 誓也
Writer
openpage 代表取締役
藤島 誓也
東大ベンチャー、大手出版社と共同でコンテンツマーケティング製品を推進。その後、ビズリーチにてCSM(カスタマーサクセスマネジメント)チームを立ち上げる。2018年、SaaSスタートアップから大手SI企業まで米国流のデジタルカスタマーサクセスの導入を支援するopenpageを設立、伊藤忠テクノロジーベンチャーズより資金調達する。note、Twitter、YouTubeでカスタマーサクセスの最先端情報を発信している。

 「DX」や「サブスクリプション」が注目を浴び、大手IT企業や製造業でもカスタマーサクセス活動を強化する動きが出ている。しかし、大手企業のカスタマーサクセスは「既存事業の業務フローの存在」に伴う、社内政治的な障害があることが多い。

 カスタマーサクセスはSaaS企業から発祥した概念であるため、ゼロから立ち上げるSaaSのベンチャー企業はそのベストプラクティスを比較的、導入しやすい。しかし、日本全体から見るとそういった企業は少数だ。多くは、既存部門の業務の兼ね合いを前提としたうえで、先行企業におけるカスタマーサクセスの取り組みを「翻訳」し、自社に「最適化」しなければならない。翻訳と最適化には、「カスタマーサクセスの概念やノウハウはこれ、この言葉はこの意味で用いるもので、当社はこのような目的でこの施策を取り入れないといけない」などの解釈が必要だ。

 大手企業は、カスタマーサクセスをプロジェクトのひとつとして立ち上げるケースが多い。しかし、カスタマーサクセスに限った話ではないが、新チームの担当者は、社内では少数派で、立場が弱い。カスタマーサクセスの業務範囲は広大で、既存業務部門に干渉して取り組みたいが、部門ごとの管轄範囲があるため動けないという状況が起こり得る。こうした組織間の壁により、カスタマーサクセスの仕組みを導入できない企業が増えている。

CS導入には経営層の理解が必要

 カスタマーサクセス部門の設置は米国企業のSalesforceが起源とされ、他のSaaS企業、IT全般、他業界へと広がった。日本においても同様のプロセスをたどるだろう。しかし、米国と日本では大手IT企業のビジネスモデルが異なる。米国はMicrosoft、Amazon(AWS)、Zoomなどクラウドサービスを主体とするベンダーが多い。一方、日本企業はSI、つまりシステムの要件定義から開発、運用までを請け負うビジネスモデルが市場の多くを占めてきた。ここ数年、サービスへシフトする動きが急拡大しており、クラウドも売り上げを伸ばしているが、多くは米国製品の販売代行で、自社開発のクラウドソリューションはそれほど多くを占めていない。つまり、サービスシフトのトレンドや重要性は理解しつつも、いまだに受託モデルが売り上げの中心を占める。そうした環境でカスタマーサクセス部門を立ち上げるため、「事業モデル自体が転換されていない」「サービス化によるカスタマーサクセスの重要性が理解されていない」という関係者の戸惑いや愚痴も増える。

 もちろん、数千〜数万人の従業員がいるような大企業でも、カスタマーサクセス部門の立ち上げや取り組みがうまくいっている、ベンチマークすべき企業は存在している。

 先日、日立のICTソリューションを取り扱う日立ソリューションズのカスタマーサクセスのプロジェクト責任者にヒアリングをした。同社は、代表や役員がサービスシフトやDXの潮流を深く理解しており、カスタマーサクセスの意義や役割もキャッチアップしていた。各事業部の部門長もカスタマーサクセスの重要性を認識し、一定の予算投下、リソース配置を進めている。これらの活動はトップの理解がなければとても進められなかっただろう。カスタマーサクセスはときに部門を横断するイノベーティブな取り組みとなり、経営者や部門長の協力が必要不可欠となる。

 日本でカスタマーサクセスが強化されたきっかけのひとつが、経済産業省が提唱する「DX」推進だ。DXとはデジタルをベースとする新しい事業や業務の推進という意味で用いられている。日本の大手IT企業も、受託ビジネスからクラウドベースの事業モデルに変わろうとしている。そこで、自社のクラウド・SaaS製品を顧客に提案し、継続利用をカスタマーサクセスで行う流れがある。一方で、大手SIは受託ビジネスと保守の売り上げが大きく、足踏み状態の企業も多い。

 だが、カスタマーサクセスへの投資はメインの受託ビジネスにも影響するものだ。実際、先行企業は顧客との関係深化や、獲得できたデータを数億円単位の大型プロジェクトの営業活動に有効活用している。ときには大型コンペの案件受注にその関係性や蓄積されてきた情報などを活かすケースもある。また、IT業界においては転職や異動により、新しい担当者が懇意にしている発注先に変更されることは多い。しかし、カスタマーサクセス活動に注力しておけば、その顧客に選ばれるポイントを理解した提案で継続利用のアドバンテージとなり得る。主力ビジネスの法人営業を加速させるうえでも、カスタマーサクセス強化は有効だ。

カスタマーサクセスの経営価値を証明

 経営層を動かすには、自社の根幹ビジネスに与える影響をいかに伝えられるかが重要だ。米国では、カスタマーサクセスはSaaS企業から発祥し、IT企業全般に伝播し、その後、あらゆる企業に派生した。日本のIT企業においては、受託ビジネス/クラウドビジネスの両輪におけるカスタマーサクセスの重要性をIT企業の経営トップが理解することで、より取り組みが加速していくことになるはずだ。

図 カスタマーサクセス普及のプロセス

図 カスタマーサクセス普及のプロセス

(2023年6月号 月刊「コールセンタージャパン」掲載)

 

2024年01月31日 18時11分 公開

2023年05月20日 00時00分 更新

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