JR西日本カスタマーリレーションズ 堤 恵理子 氏

2025年6月号 <インタビュー>

堤 恵理子 氏

JR西日本カスタマーリレーションズ
代表取締役社長
堤 恵理子

(Eriko Tsutsumi)1998年4月、西日本旅客鉄道入社、2014年6月、同人事部勤務(JR西日本あいウィル出向)、2018年6月、同 総務部担当課長、2021年6月、同鉄道本部CS推進部担当課長、2021年6月、同鉄道本部CS推進部課長、2023年6月から現職

生成AI活用は「戦略拠点化」の手段!
ACW削減、VOC活用の“次のステップ”も見据える

生成AI活用事例は増えているが、PoC止まりという企業も数多い。国内コンタクトセンターで、最も早く導入に着手し、成果も訴求するJR西日本カスタマーリレーションズ。社会インフラを支える企業の「戦略拠点」と位置づけられている同社をけん引、新しい施策を推進する堤社長に経営視点での「生成AI活用と効果」を聞いた。

──JR西日本カスタマーリレーションズは、コンタクトセンターの生成AI活用を国内で最も早く着手した企業のひとつです。その背景を教えてください。

 経営方針として掲げている「戦略拠点としてのお客様センター」を実現するために、これまでもコンタクトチャネルの拡充、VOC(顧客の声)分析の強化など、さまざまなDXに関する取り組みを実践してきました。生成AIもその一環で、従来の「人中心の労働集約モデル」から、高い品質と効率性を同時に実現する、進化を図るための手段と位置づけています。

──具体的な取り組み内容について。

 国内の生成AIのスタートアップ、ELYZA(東京都文京区、曽根岡 侑也代表取締役)が提供するソリューションを2022年度から利用開始し、メール要約、電話対応要約と順次、適用範囲を拡大し、2024年度からは英語翻訳対応AIやVOC分析サポートにも着手しています。

認められた“VOCの価値”と生産性
進化するグループの経営貢献の歩み

──鉄道を含めた社会インフラの提供企業においては、直接的な収益を生む部署ではないだけに、コールセンターの戦略拠点化は難しく、なかなか投資対象にされにくい印象があります。

 確かに、(会社が)設立された当時は、おそらくお客様の不便や不満に対応することが中心の業務、つまりお客様のマイナス感情をゼロにすることを期待されていたのではないかと思います。しかし設立から15年が経過し、お客様の問い合わせ内容のデータベース化が進み、そこから得られるVOCの価値が認知されてきました。結果、JR西日本全体のサービス改善に示唆を与えるなど、より高い付加価値をもたらす部署という位置づけに変わってきたのではないかと捉えています。

 また、JR西日本カスタマーリレーションズでは年間約200万件もの問い合わせに対応しています。これらは、かつて駅係員が個別に対応していた電話なわけですから、お問い合わせダイヤルを当社に一括集約したことでJR西日本の現場業務が大きく省力化され、かつお客様へのサービス品質も向上したことで、現在は単なるコスト部門という認識が薄れ、むしろ付加価値を生む存在として期待されていると感じます。

──生成AIに限らず、さまざまな最新のITソリューションが導入されている背景には、単なる問い合わせ対応部門ではなく、グループ全体のVOC拠点という認識があるということですね。

 鉄道事業の根幹は、「安全・安心」です。どんなささいなことでも、お客様の声から、その根幹を揺るがす予兆を摘み取るという意味でも、コールセンターは重要性を増していると思います。また昨今、鉄道の駅の無人化も増えてきています。このような状況下において、お客様とのタッチポイントを担う当社の役割の重要性はますます増していくと感じています。

いきなりうまくいったわけではない
生成AI活用の紆余曲折

──グループ内での位置づけの重要性が高まったことで、浮上した課題はありますか。

 まずは人手不足対策ですね。現在、兵庫県と広島県の2拠点で544名(2025年4月現在)の陣容で事業展開していますが、労働集約型の運営に徹していてはかなり人材確保(採用)が難しくなってきており、生産性向上は必須課題となりました。また、オペレータの経験やスキルへの依存度が高かったので、対応品質のバラつきといった課題があったのも否めません。さらに、VOC分析も実施はしてきましたが、件数が多いゆえにすべてを対象とするわけにもいかず、全体の数%しか分析できていなかったのです。

 これらを解消するために導入したのが生成AIで、成果は少しずつですが表れています。

──対応履歴の要約で生産性が向上し、音声認識などの導入によって分析対象となるVOCも拡大した、ということですか?

 その通りですが、もちろん、いきなり上手くいったわけではありません。紆余曲折の末、といったところです。

 導入後1年間くらいは、いい意味でも悪い意味でも、AIへの期待値が高すぎた印象があります。まずは「自分の仕事が取られるのではないか」という、懸念の声があったのも事実です。「大切なのは(AIではなく)人での対応です!」と訴える社員もいたほどで、不安や疑念を抱かれる場面も少なくありませんでした。そこで、「人と機械(AI)を両立する取り組み」であることを経営層から根気強くメッセージとして発信。そうした不安を払拭したら、今度は「すぐに使えるのかと思ったら、意外と手間がかかる」という、性能に関する期待値とのズレが発生したのです。それでも粘り強く継続して生成AIシステムの改善を重ね、LLMを変更(ChatGPTからClaudへ)するなど、試行錯誤してきた結果、AHTの短縮など目に見える効果がもたらされたことで利用が定着してきました。

──AHT短縮以外に、経営の観点で明らかに改善されたと感じていることは?

 VOCについても、集計集約がかなり早くなりましたし、本社(JR西日本)へのフィードバックも質・量ともに向上したと感じています。ダッシュボード化してVOCの深掘りができたり、自分が描いていた仮説を考えながら読み取りやすくなるなど、経営資産としての活用度は明らかに向上しています。今までは、できるだけ生々しい声をサービス主管部に届けることに注力していましたが、仮説に基づいたVOC分析を行うことで、具体的かつ的確な改善提案もできるようになりました。例えば、ホームページの動線やFAQの改善も具体的な提案ができつつあります。

 かつては気になるご意見がないかチェックするときも、担当者が目視で確認してExcelでキーワード化してまとめるなどかなり煩雑でしたが、生成AIによって、レポートする側も受け取る側も、大きなメリットを享受していると思います。

より高い付加価値提供を目指す!
視野に入ったノウハウのビジネス展開

──戦略拠点化が進んだ現在、新しいビジネス展開の可能性はありますか。

 今までは、親会社から顧客対応という機能や役割を委託され、ちょっとネガティブな表現にはなりますが、「与えられた役割を着実に遂行する」ことがビジネスの根幹でした。それは今も変わりないのですが、より高い付加価値を生み出す取り組みを進めようと体制作りを始めています。

──具体的には。

 生成AIを活用したVOC分析などのノウハウを、他社のコールセンターで活かしてもらうビジネスも検討中です(2024年にELYZAと共同でその分析ソリューションについて発表)。生成AI以外でも、カスタマーハラスメントへの対応については、これまで社内でマニュアルを整備し、対応ノウハウを蓄積してきました。その知見を活かし、今後はグループ外の企業にもコンサルティングとともに提供できないかという動きが始まりつつあります。そのための営業部隊の窓口を、スモールスタートですが立ち上げました。

──DXやAI活用についての新しい動きは。

 2025年度のチャレンジとしては、生成AI活用については、FAQの自動生成に取り組みたいですね。お客様の問い合わせとオペレータの回答内容からFAQを自動生成し、タイムリーにアップロードするといったソリューションに着手するために計画を進めています。やはり、FAQ、そしてWebサイトが使いやすくないと、お客様は電話をかけざるを得ない。そうなる前にお客様がご自身で問題解決できるスキーム、顧客体験を向上するような仕組みが必要だと思っています。

(聞き手・矢島竜児)

イメージ写真
JR西日本カスタマーリレーションズの概要
設立:2009年8月3日
代表者名:代表取締役社長 堤 恵理子氏
本社所在地:兵庫県尼崎市潮江一丁目2番12号
事業概要:
(1)コールセンター運営及びテレマーケティングに関する受託業務
(2)教育、研修、コンサルティング業務および市場調査・分析

2025年05月20日 00時00分 公開

2025年05月20日 00時00分 更新

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