対談 <2025年コンタクトセンター市場予測>
生成AIブームの今、編集部が主催した「ネクスト・コンタクトセンター・サミット2025・春」では「生成AIはどこまでコンタクトセンターを自動化できるのか──要約からの進化」と題した基調パネルディスカッションが行われ、市場を代表するトップランナー2氏が議論した。
──「コールセンター白書2024」では、コンタクトセンターにおける生成AIの主な活用用途は対応の要約が主流です。FAQの自動生成やチャットボットに対する期待値は前年と比較して下がっており、PoCを重ねた結果、「現状では難しい」と判断する企業が多いと推察します(図1)。少なくとも2024年末段階では、コンタクトセンター運営や顧客とのコミュニケーションはさして変化しておらず、ACW(平均後処理時間)の効率化にとどまっているという見方もできます。
砂金 生成AI導入は、常に効率化が求められるコールセンターから入る企業が多いようです。しかし、現場責任者は顧客満足度という目指すべきKPIがあるため、精度が不確かなソリューションの導入に抵抗がある。こういった事情を表していると思います。
小栗 生成AIが「できること」は日進月歩で、短いスパンで期待値を下げるのはもったいないと感じます。ただ、コールセンターのように業務フローが作り込まれたものであればあるほど技術の進化に対応が難しいというジレンマがあるのも頷けますので、(現場の判断は)難しいところでしょうね。
──「生成AIの現在地」についてどう考えていますか。
小栗 創造性や自然言語理解、社会的・感情的な推論など、いわゆる“人間の能力”を分解すると、生成AI登場以前は、人と同程度のパフォーマンスをITが実行できるようになるのは2050~2060年と予測されていましたが、生成AI登場以降は、それが2030年あたりと短縮しています。しかも、これは2023年6月時点での予測値であるため、今はより手前に来ていると考えられます。こうした状況下において、使わない手はありません。自身(人間)の能力だけでどうにかしようとすると時代に取り残されてしまいます。
砂金 現状公開されている生成AIはインターネット上のデータをクローリングしてそこから学習しているため、世の中の標準的な常識に基づいた応答は可能です。しかし、顧客接点のような「ミスが許されない場所」で利用する場合はそうはいきません。
──業務利用の壁とは。
砂金 生成AIがAIエージェント化し、現場に配備された状況を想像してみましょう。例えれば、業務知識を持たない東大卒の新卒人材を、「賢いから現場で使って成果を出せ」と命じられるのと同じです。人間が研修やOJTを受けるように、AIにはAIの事前学習や追加学習、強化学習といったプロセスを踏んだうえで業務に使えるかを検証しないといけません。また、そもそも現状の人間の応対が100点なのかも再考が必要です。AIを開発する過程で、過去の対応データを紐解いて応対が正しかったかを検証すると、実はあやふやな箇所が見つかります。現場がベストは尽くしていても100%、100点ではないかもしれないということを踏まえたうえでAIと比較し、顧客対応で使うことができるか否かを判断する必要があります。
昨今、RAGやファインチューニングが盛んに実施されていますが、業務に特化した知識を与えるレベルの深さでパラメーターのチューニングができてくると、本当の意味で、現場で使えるようになると思います。
──AIエージェントが「人に代わる、あるいは人を強力に支援する」存在になるという期待値が上がってきていますが、人(識者)によってその定義が異なる印象です。
小栗 生成AIは文章や画像、動画などを生成します。対してAIエージェントは、次の3つがポイントとして言われています。(1)自律的に判断・行動する、(2)総合的にタスクを管理する、(3)継続的に学習・改善する──です。
AppleのSiriで「○時に目覚まし時計をセットして」など、簡単かつ特定のタスクをこなすAIエージェントサービス自体は以前からありましたが、いずれもルールベース。生成AIの登場で「自律的な判断」の幅が一気に広がりました。ただ、まさに先ほど砂金さんがおっしゃったように、業務知識を身につけていない東大生のような状態なので、業務を学習させるプロセスは絶対に必要。自社のデータを活用したRAGへの取り組みが不十分な状態でAIエージェント活用に踏み出すのは危険です。少し先のステップとして考えるのはいいですが、きちんと自社が提供するプロダクトやサービス、業務プロセスを理解させるようなRAGにまず取り組むべきです。
また、これらは今の技術であれば、従来よりも安いコストでエージェント化できることが大いに期待できるでしょう。
砂金 最近の生成AI活用事例として、AIを相手にしたロールプレイングから、暗黙値や自由な振る舞いをデータとして集める取り組みがありますが、データ取得にも生成AIを使うことができます。チャットボットやボイスボットなど、顧客応答の部分のみが着目されがちですが、ナレッジ構築など継続学習のためにAIを使うことを意識してもいいと思います。
──AIエージェントの登場で企業はどう変わりますか。
小栗 「AIエージェントに顧客が何かをお願いすると勝手にやってくれる世界」が来れば、顧客接点は大きく変わるでしょう。企業側が提供するAIエージェントが顧客接点で顧客の要望を一手に請け負うことができれば、企業主導で顧客体験が合理化できます。しかし、GoogleなどのプラットフォーマーがAIエージェントをスマートフォンに内蔵すると、顧客にとって企業との接点は希薄になると考えられ、企業は自社のカスタマーサービスをどのようなポジションに位置づけるかが重要になってきます。顧客に選ばれるため、接点を作る必要があるのであれば自社のエージェントを構築、ブランディングする必要がありそうです(図2)。
砂金 エンドユーザー(顧客)側の「パーソナルエージェント」と、企業側の「企業エージェント」が自然言語を通じて会話するようになるでしょう。企業エージェントは継続的な改善が必要であり、その土台になるデータを整えておく必要があります。また、AIエージェントは言語の壁をなくす可能性もある。これまで以上にさまざまな業態でグローバル企業が競合となりかねません。
顧客の代理ができるパーソナルエージェントが実現すれば、検索の仕組みや取り組むべき対策も変わります。検索最適化としてSEOを実践している企業が多いはずですが、「パーソナルエージェントに対して適切な応答がなされているか」を評価する仕組みも求められるでしょう。
──AIエージェントが進化すれば、例えばアップセル/クロスセルまでできるようになるものでしょうか。
砂金 手続きなどの対応は可能になると思いますが、個々の最適化した提案となると、顧客をパーソナライズ分析するためのCDPやデータベースが整備されていない限りハードルはかなり高いでしょう。
──SVの業務負担軽減など、センター内部のマネジメントはどう変化しますか。
砂金 最近、AIを扱うITベンダーのコンタクトセンターの内部事情に対する解像度が上がってきたように感じます。例えば、SVの仕事を楽にすることがすなわちセンター全体の生産性を高める、結果、教育・研修のあり方も変わる。SVもオペレータ同様、慢性的な人手不足です。即席栽培する必要があるなかで、それを支援するような用意を拡充しないといけない。その提案もできつつあるのではないでしょうか。
小栗 AI導入支援をするなかで、とくにSV向けに「生成AIとは」「自身のスキルをどう拡張するか」といった教育を行う必要性を感じています。現場の人も実際に生成AIに触れ、得られる恩恵を理解したうえで、目標設定すると、現在のような生産性だけでなく、CX視点でのKPIが生まれるかもしれません。
──オペレータやSVは正社員化が進んでおり、キャリアパスも変化することが予想されます。そこに生成AIがどう関係するかも注目ですね。
砂金 今後は、顧客を深く理解し、生成AIをチューニングして、いかに自社の事業や商品などに反映させているかが企業としての差別化要因になります。だとすると、その手前のAIに学習させるデータを生み出すのは、顧客接点において、どういったUX、あるいは「顧客が親切と感じる瞬間」があったのかを把握し、AIに学ばせるべきものの重要度を判断、AIに知識を与えられる人が必要で、それは企業の根幹となります。その「人」こそが、オペレータやSVといえるのではないでしょうか。また、コール数やNPSだけではなく、「(役に立つ)データをどれだけ生み出せたのか」がKPI化すれば、働き方も雇用体系もドラスティックな変化が起こりそうです。
小栗 現場の人材が、「自分たちの業務は生成AI活用できない」と思っても、触れてみると使える余地があると気づくはずです。そういった視点を持つためにも、ある意味、強制的にでも使ってもらうことが大切です。正社員であれば、業務の幅が広がり、もっと自由なアクションが取れるはずです。マネジメントは、その環境を作ることが今後の必須要件となるでしょう。
砂金 「真実の瞬間」を知るのは顧客接点を担当するオペレータやSVです。それをAIに学ばせる存在は、紛れもなくコンタクトセンターの役割。SVとオペレータ、マネージャーも含めて、個人が生成AIを使う環境をもっと整える思考が必要かもしれません。
2025年04月20日 00時00分 公開
2025年04月20日 00時00分 更新