従業員の「尊厳」で考える定着の条件

2026年4月号 <FOCUS/コールセンター>

コールセンター

離職は待遇だけでは防げない
「尊厳」という視点で読み解く定着の条件

離職予防は給与や業務負荷の見直しだけでは不十分だ。リクルートマネジメントソリューションズが実施した『職場の尊厳に関する意識調査』は、成果を上げていても離職意向を高める“見えにくい要因”を浮き彫りにした。本稿では同調査を担当した藤村直子氏の分析と、長年現場を見続けてきたコンサルタント、池田浩一氏の視点から、離職を防ぐために現場が向き合うべき本質を探る。

藤村 直子 氏
藤村 直子
リクルートマネジメントソリューションズ
組織行動研究所
主任研究員
人事アセスメントの研究・開発、新規事業企画等に従事した後、人材紹介サービス会社でのキャリア開発・転職支援等を経て、2007年より現職。「個と組織を生かす」を探求する機関誌『RMS Message』の企画・編集・調査や、若手や中高年のキャリアに関する調査・研究等を行う。2級キャリアコンサルティング技能士。
池田 浩一 氏
池田 浩一
ブランニューデイ
代表取締役
コンタクトセンターを中心としたコンサルティングに30年以上携わる。各種階層別研修の実施やセンターの構築・改善支援など、これまで350社以上を支援。現場実務に根差したアプローチを特徴とする。現在は、経済産業省職員向けのカスタマーハラスメント対応研修にも継続的に関与。eラーニングサービス「BIZTEL shouin」「BIZTEL大学」では講師を務める。

 コールセンターの離職問題は、慢性的な人手不足と相まって長年の課題となっている。処遇改善や制度整備に取り組む企業は増えているが、それでも「頑張っている人ほど辞めていく」という声は後を絶たない。その背景にあるのが、働く人が職場で感じる「尊厳」の問題だ。

 リクルートマネジメントソリューションズ 組織行動研究所 主任研究員の藤村直子氏は、尊厳を「人として尊重され、その人格や価値が認められていると感じられる状態」と定義する。同社が実施した『職場の尊厳に関する意識調査』(詳細はhttps://www.recruit-ms.co.jp/issue/inquiry_report/0000001506/)では、約6割が職場で尊厳が保たれていると回答する一方、2割以上が尊厳が損なわれていると感じていた(図1)。注目すべきは、「尊厳が高いが、同時に侮辱も高い」と回答した層が3割を超えて存在した点だ。

図1 各尺度の項目例と回答結果(単一回答/n=1338)
図1 各尺度の項目例と回答結果(単一回答/n=1338)

尊厳が高くても離職は起こる
成果評価と“静かな退職”の関係

 藤村氏は、「全体的には大事にされているが、特定の関係性でうまくいっていない」「成果は評価されているが、個人的事情や感情は尊重されていない」といった複雑な状態が、この層の背景にあると分析する。

 同調査では、「尊厳が高いが、同時に侮辱も高い」と認識している群について、適応感は比較的高い一方で、情緒的消耗感や孤独感が高く、離職意向も有意に高いという特徴が確認された。表面的には職場に適応し、期待される成果も上げているものの、内面では心身の疲弊を抱え込んでいる状態だ。

 さらにこの層では、組織との心理的な距離を取り、必要以上に主体的に関与しないといった行動傾向も見られた。藤村氏は「いわゆる“静かな退職”に近い状態で、辞めるわけではないが、心のエネルギーをこれ以上組織に差し出さない選択をしている」と説明する。能力主義的な評価が進むほど、成果が出ている人ほど我慢を重ね、声を上げずに消耗していくケースも少なくない。尊厳が保たれているように見える職場であっても、こうした“見えにくい離職予備軍”が存在している点は、企業側が見落としやすいリスクだ。

 また、尊厳が損なわれた際に「何もしなかった」と答えた人が多い点も特徴的だ。「解決にならないと思った」「声を上げられる環境ではなかった」という諦めが、さらなる尊厳の低下を招く(図2)。藤村氏は「相談窓口を設けるだけでは不十分で、管理職任せにしない組織的な体制づくりが必要」と指摘する。管理職自身もまたプレッシャーや孤立を抱え、傷ついているケースがあるからだ。

図2 尊厳が損なわれた際に何もしなかった理由(複数回答/n=59)
図2 尊厳が損なわれた際に何もしなかった理由(複数回答/n=59)

 さらに、同調査では個人選択型人事制度と尊厳の関係についても分析している(図3)。これによると働き方やキャリアについて主体的に選択できる制度の有無によって、「尊厳」「侮辱」の得点に有意な差が確認された。「時短勤務や在宅といった、自己決定できる選択肢があること自体が、“大切にされている”という感覚につながります。ただし、制度があっても伝わっていなければ意味がありません」と藤村氏は言及する。制度設計の意図を繰り返し周知し、利用しやすい雰囲気を醸成することが欠かせないという。

図3 個人選択型人事制度の導入と職場の尊厳・侮辱
図3 個人選択型人事制度の導入と職場の尊厳・侮辱

現場で尊厳を守るには何が必要か
コールセンターは“知的感情労働”の現場

 現場視点からこの問題を捉えるのが、コールセンターコンサルタントとして長年業界に携わるブランニューデイ 代表取締役の池田浩一氏だ。同氏はコールセンターの仕事を「知的感情労働」と表現する。「高度な知識と感情コントロールを求められる専門職であるにもかかわらず、社会的評価や処遇が追いついていない。そのギャップが、優秀な人材ほど業界を去っていく要因になっています」と語る。

 池田氏によれば、離職を防ぐ鍵は「上司の在り方」にある。信頼できる上司の存在は、仕事の厳しさを乗り越える支えになる。「注意や指導も、叱責ではなく応援として伝えられるかどうか。人間力の高い上司の下では、人は踏みとどまります」(池田氏)。加えて、一定の裁量を与え、任せながらも安全網を張るエンパワーメントが、働く人の自律性と誇りを育てる。

 また、池田氏は「勝つ経験」「称賛される経験」の重要性を強調する。「一度成功体験を持つと、勝ち癖がつき、前向きに成長していく。スターが生まれ、可視化されているセンターは、組織全体が安定します」(池田氏)。評価や賞賛の場は、単なるイベントではなく、尊厳を実感する重要な装置だという。

 藤村氏の調査が示した“尊厳”という視点と、池田氏が語る現場での交流・体験は重なる部分が多い。離職予防とは、辞めさせないための対症療法ではなく、「ここで働く意味」を日常の中で実感できる環境をどうつくるかという問いに向き合うことだ。その答えは、制度の先にある人と人との関係性の中にあり、日々のマネジメントや小さな承認の積み重ねこそが、定着率を左右する要因となる。働く人の尊厳に目を向けることは、結果として組織の持続的な成長にもつながるだろう。

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会員限定2026年03月20日 00時00分 公開

2026年03月20日 00時00分 更新

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