実践編
第1回新連載
精神疾患は社会全体で増加傾向にあり、職場では社会資源──メンタル不調者の休職・リワーク(復職)の支援などに関する認知不足や相談環境が必ずしも十分とはいえない。仕事を「辞める」以外の「休む・戻る」選択肢を機能的に検討できないため、結果的に離職に至るケースが多い。コールセンター業界はその典型ともいえ、筆者の経験も踏まえながら、その現状と課題を整理する。
いつも一緒に働いているYさんの姿が見えないので、辺りを見回すと僕の同僚の一人がおどけた顔で肩をすぼめながら、胸に親指をトントン当てて、「メンタル」と口だけ動かした。僕は「あ、わかった」と同じように、口だけで応えた。まるで内密にしなければならないことのように。
それが退職を意味するのか、休職を意味するのかわからなかった。でも、もう僕はYさんとは一緒には働けないと思った。「あいつもハートが弱いやつだったんだ」と、どこか心が弱い奴として見下していたかもしれない。
一緒に面白そうな仕事ができそうだと思った人が次々と退職した時期でもあった。
実際、厚生労働省の「労働者健康状況調査(2012年度)」によれば、「強い不安、悩み、ストレスがある」と回答した労働者は全体の60.9%に達し、過半数が何らかのストレスを抱えながら働いていることが明らかになっていた。
また、精神障害による労災請求件数も右肩上がりに増加。厚生労働省のデータによれば、2000年度に約150件だった精神障害に関する労災請求は、2014年度には1400件を超え、うち認定件数も400件以上に上っていたといわれている。
このような状況を受け、2015年の労働安全衛生法の改正に伴い、ストレスチェック制度(従業員50人以上の事業場に対して年1回のストレスチェック実施)が義務化された。
2023年の厚生労働省の調査によれば、対象事業場の約90%以上(大企業で100%、中小企業では一部で未実施)がストレスチェックを実施しており、制度自体は広く普及しているかのように見える。
しかし、一方で、チェックはしているが対策に結びついていないケース、当人からの申し出が消極的になりやすいケースや法令対応だけになっているケースが少なくないのが実態ではなかろうか。少なくとも、一従業員からするとそのように感じる。
そのような中で、コールセンター業界はメンタル不調者が多い業界だと言われる。就労移行支援の中でも復職(リワーク)支援の経験が深い、弊社のマネージャもコールセンターの出身者(管理者)が多かったと振り返っている。
実際、求人情報サイトを運営するビズヒッツ(三重県鈴鹿市)が実施した調査によれば、コールセンターから異職種へ転職する理由で最も多いのは、「ストレスが多い」(52人、全体の35%、複数回答)と顕著に多い(図1)。また、少し古いが、2018年に「コールセンタージャパン」が実施した調査では、新人の1年以内離職率が30%を超え、回答企業の22%が新人の離職率を「70%以上」と報じた。

この高い離職率には「理不尽なクレーム対応」や「過度なノルマによる精神的ストレス」が大きく関係しているとされている。冒頭のような会話、つまり、退職と採用を繰り返すような日々が常態化している企業が多かったのかもしれない。
2025年に厚生労働省が発表した資料「精神保健医療福祉の現状等について」では、精神疾患を有する患者数は2023年時点で600万人を超えている(図2)ことが分かっている。アルツハイマー病などの認知症や65歳以降の老年人口(非生産人口の一部)を除いたとしても、100万人単位で存在しているといえる。

高血圧や糖尿病に次いで3番目に多い疾患であるから、誰もが罹る可能性がある病気ともいえる。
こうなってくると、ストレスチェック制度の目的でもある1次予防(発症予防)どころか、2次予防(早期発見・予防)、3次予防(治療ケア)がどの程度のものかと、疑問に思うのである。内閣府が2015年度に発表した「経済財政白書」では、うつ病などのメンタルヘルス不調に起因する日本の経済的損失が年間2兆7000億円とも試算されており、メンタル不調者の問題を放置できない状況にあると言えるのではないだろうか?
◇◇◇
次回、連載の2回目では、離職か復職を迷った末の決断のプロセスを振り返る。第3回目は、復職(リワーク)を選択する場合にはどのような社会資源としての支援サービスがあるのか、それぞれのメリット・デメリットを整理するとともに、サービス提供者の視点から企業におけるメンタルヘルス不調者のケアに関する現状と課題を明らかにする。最終回は、復職(リワーク)のケースとサービス提供者の視点を踏まえ、今、企業と現場で何を検討すべきなのか、その対応ついて提言する。
2025年08月20日 00時00分 公開
2025年08月20日 00時00分 更新
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