カスタマーサクセスの目的とは、「顧客を成功に導き、それによって継続利用、拡大利用を促す」ことにある。洋の東西を問わず、BtoBのSaaS事業者の取り組みが先進事例として取り上げられることが多いが、この目的を前提とすると、極めて親和性の高い業種が「広告代理業」だ。出稿するクライアントの広告効果を最大化することが最大のミッションで、とくにネット広告の場合、従来の紙媒体や電波(テレビやラジオなど)と比べて成果が数値化されるため、よりシビアなカスタマーサクセス業務が求められる。サイバーエージェントは、2025年秋、インターネット広告事業に専門組織「AIカスタマーサクセス本部」を設置し、2026年6月には、事業会社の生成AIによる対話型ショッピングアシスタントを開発・提供する新組織「Agentic Commerce本部」を新設した。両組織を管掌するインターネット広告事業本部 DXダイレクトビジネスセンターの會澤佑介氏は、「ユーザー(消費者)の行動の変化」を指摘したうえで、「カスタマーエクスペリエンスの再設計」の必要性を説く。
――2025年秋の「AI検索」の登場で、広告を取り巻く環境はどう変化しましたか。
會澤 従来のキーワード検索がプロンプトに置き換わり、かつChatGPTのようにWebブラウザを一切介さずに情報を引き出す消費者が増えてきました。これまでの「回遊して比較する」から、「答えを出してもらう」に移行しています。これは企業にとって、単に検索流入が減るというだけではありません。これまでの「検索結果の表示順位」から「AIが抽出、推奨してくれないと(選択の)土俵にすら上がれない」ということです。
結果、新規獲得はもちろん、既存顧客との関係構築も変わる可能性が高まっています。消費者が回遊をしなくなれば、企業は「見つけてもらう」ための導線を強化すると同時に、既存顧客との接点であるアプリ、メルマガ、コミュニティなどを再設計するといったブランディング強化の必要性が高まると見ています。
――AI検索が影響するのは新規獲得だけでなく、既存顧客との関係性、つまりCRMの再構築にまでおよぶということですか?
會澤 AI検索が主流となると、探す工程が省略されるため、新規顧客の獲得コストはさらに上がります。結果的に既存顧客との関係性を強めたいという傾向はさらに強くなるでしょう。CRM自体もあり方が変わる可能性があります。今まではサイト内のリンクを探す手間や見つける大変さがあったため、それを簡略化するためにユーザーにとって最適な情報をプッシュ型で送った方が良かった――つまり情報の価値があったのでユーザーが見てくれていました。しかしAI検索が当たり前になると、ユーザー自身が欲しい情報を欲しいタイミングで手数をかけずに受け取れてしまう。米Amazonは、金額が30%OFFになったら購入などの予約機能を出しています。そういった顧客体験の大きな変化に対応するため、新設したAgentic Commerce本部はAmazonのようなAgentic Commerceを各事業会社様に構築し、新たな購買体験の構築とLTV最大化をご支援することを大きなミッションとしています。
――CRMの再構築について、もう少し具体的に教えてください。
會澤 これまでのCRMは、誰に、何の商品を、どのようなクリエイティブで、どのチャネル(LINE、アプリ、メールなど)で、いくらで、いつ、届けるかの設計を最適化し、事業会社が主導権を持って行っていた配信手法が中心でした。これらの手法は今後も有効な顧客接点・コミュニケーションとして残るとは思いますが、Agentic Commerceの台頭によりユーザーが主導権を持ち、事業会社がそれに合わせるという接点・コミュニケーションが必要になると考えております。例えば「予算1万円以内で白いスニーカーを探して」「過去に買った服と一番合うのはどれ」「20%OFFになったら購入しておいて」というような、顧客の要望に適切な情報・アクション支援を提供していくようなイメージです。
それに合わせてデータ基盤は顧客起点でのデータベースであるCDPと、プロダクト起点のデータベースであるPDPの両方を持ち合わせないといけない。CDP構築もまだできていない事業会社様が多いのが実態ですが、これはできていて当たり前でPDPに取り組まなければならないフェーズになっています。仮に両方できないと2周遅れとなり、ユーザーから選択されなくなるサービスになる可能性があると感じています。
――そのクリエイティブをAIで作成するということですか?
會澤 一見、AIの最も得意な分野に思われるかもしれません。しかし、さまざまなツールを検証しましたが、なかなか上手くいかないのです。日本の広告のような繊細なクリエイティブが出力できるレベルではない、雑なものしかできてこない。全体的に整ったバナー広告はできても、感情を動かす最後の一押しが表現できないのです。
――AIの使い所が違うということですか?
會澤 おそらく、現在のAI活用は、その目的が業務効率化に偏りすぎています。クリエイティブ制作においても、いかに短時間にそれっぽいモノを大量に作れるかというところに集中しているように感じます。
本質はAIをどう使うかではなく、「AIに何を渡して、何を渡してはいけないのか」の判断だと思います。現在、KPIを最大化するための扱い方を研究している段階です。AIのアウトプット量は圧倒的です。量の時代になりつつあるからこそ、差分は研究しないとわからない。どんな表現が、どの文脈で、どのタイミングで効くのか。ここを読み解ける組織だけが、“量産の海”で沈まずに済むのではないでしょうか。
――「Agentic Commerce本部」におけるKPIについて教えてください。
會澤 業種などによって細かい違いがあると思いますが、共通するのはクライアント様の事業においてLTVを向上すること。AIの普及で決定的に変わったのが、「顧客(エンドユーザー)が情報に出会い、比較し、意思決定する経路」です。これまでの広告事業におけるカスタマーサクセスは、「いかに探し当ててもらうか」という発想が中心でしたが、今後はクリエイティブ起点で反応を引き起こし、体験の場所(アプリなど)を設計、価格や感情まで含めて“続く理由”を作る仕事へ進化するのではないでしょうか。
――その手段がハイパーパーソナライゼーションである、ということですね。
會澤 例えば、ビジュアルだけでなく、「価格」もパーソナライズする時代が来るかもしれません。実証実験を行ったのですが、値引き幅で売り上げがさして変わらない分野や領域は存在します。“ムダな値引き”が実は多いのではと思います。値引き設計をAIで最適化できれば、LTVの改善にも効いてきます。さらにその先の世界では、「感情」のデータ化とそれに合わせたパーソナライズも課題となりそうです。
ネット広告業界で「顧客の成功を支える」とは、配信の効率化だけではなく、価格・表現・体験が一体になって「納得して買い続ける」状態を設計することになる。そのためには、さまざまな角度で「データ」を捉えて有効化しないといけない。「顧客理解」の深化こそがカスタマーサクセスの本分という、典型的なビジネス形態といえそうだ。
2026年06月25日 18時17分 公開
2026年06月25日 18時17分 更新