伊藤 希美 第2回

本誌記事 寄稿 コミュニティ構築〜運用のHINTS&TIPS 第2回

コミュニティ構築〜運用のHINTS&TIPS 第2回

サポート・製品・顧客獲得・貢献・エンゲージメント・成功
コミュニティ施策が事業にもたらす6つの効果

「コミュニティ」は顧客と企業に大きなメリットをもたらす。だが、事前の設計なくはじめると、頓挫したり、使われずに形骸化していくケースが大半だ。コミュニティの価値を社内で説明できず、決裁権限者の理解が得られなければ持続は難しい。コミュニティから得られる6つの事業価値を定義した「SPACESモデル」に基づいて「コミュニティの価値」を整理し、集中と選択の必要性を具体例とともに解説する。

伊藤 希美
Writer
MusuViva!コミュニティマネージャー/COWEN代表
伊藤 希美
1984年生まれ。東京大学・同大学院を修了後、野村総合研究所に入社。ヘルスケア領域の官民プロジェクトに従事した後、薬剤師・薬局本社勤務を経て2018年カケハシ入社。開発・CSを経てユーザーコミュニティ「MusuViva!」の立ち上げ・グロースに携わる。2024年5月に退職し、COWENを創業。

 コミュニティ施策は短期的には効果を実感しづらい。また、営業やカスタマーサポートと比較しても効果が見えにくく、それゆえに必要性や価値を社内で理解されにくいことに悩む担当者は多い。コミュニティが事業に複合的に寄与するさまざまな効果について説明した「SPACESモデル」というものがある()。これは、コミュニティ運営プロフェショナルの知見共有と支援を目的とした米国のコミュニティ「CMX」を創設したデイビッド・スピンクスが、その著書「The Buisiness of Belonging」の中で唱えた、コミュニティの6つの事業価値を示したものだ。

図 コミュニティの効果 SPACESモデル
図 コミュニティの効果 SPACESモデル

(1)Support(サポート)
 ユーザー同士で、お互いに質問に答え問題解決をすることで、サポートコストを削減できる。米国では日本ほどカスタマーサポートが充実していない国も多く、コミュニティでのサポートが充実している。日本でもサポートをコミュニティで行う例はある。例えば、サイボウズが提供する業務アプリ構築クラウドサービス「kintone」のユーザーコミュニティ「キンコミ」では、製品の活用や運用方法に関する質問ができ、それを外部にも公開している。

(2)Product(製品)
 ユーザーが、開発へフィードバックできる場を設けることで、イノベーションを加速し、製品改善や新製品・機能の開発につなげる。例えば、セールスフォースの「Trailblazer Community」の「IdeaExchange」では、ユーザーは改善案を投稿したり、投稿された改善案へ「いいね」「投票」をつけることができる。セールスフォース側はそれを開発の優先順位に加味することが可能だ。

(3)Acquisition(顧客獲得)
 コミュニティ参加者の中から、製品を活用し企業に対するエンゲージメントの高いユーザーを生み、そうしたユーザーのSNS投稿や事例記事、動画などの各種コンテンツ、イベント登壇などを、新規顧客獲得に結びつける。情報があふれる現代では、企業発の情報よりユーザー視点の情報のほうが自分事として受け入れられやすい。例えば、アドビのコミュニティ「Adobe User Group」では、年に1回ユーザーの中から製品のエキスパートでありUser Groupに貢献した人物を「Japan Adobe Advocates」として選出。そのユーザーをさまざまなマーケティング施策で取り上げ、新たな顧客獲得につなげている。

(4)Contribution(貢献)
 ユーザー同士が互いの知見を与え合ったり、ユーザーに求められる新しいコンテンツを作り出すこと。例えば、Amazon Web Servicesのコミュニティ「JAWS-UG(AWS User Group Japan)」の初期活動目標は、「AWS利用に関する情報を、日本語で検索できるようにする」だった。

(5)Engagement(エンゲージメント)
 利用者がコミュニティに参加し、企業との特別な関係が構築できると、その製品のユーザーであること自体が特別な価値となり、競合への乗り換えは減少する。例えば、ビール製造メーカーであるヤッホーブルーイングのファンコミュニティでは、ファン向けに醸造所見学や特別なイベントを開催することで、ブランドの世界観やつくり手の想いを体感してもらい、リピーターを増やしている。

(6)Success(成功)
 参加者の製品活用を高めてビジネス上の成功を与え、離反・解約率を低下させる。例えばタスク管理ツールを提供するAsanaのコミュニティでは、定期的にイベントを開催しユーザーの成果や知見を発表したり、製品活用における「よくある悩み」に回答し活用促進を後押ししている。

 6つの価値を紹介したが、実際には複数の効果を持つコミュニティが多い。例えば、前述のAsanaのコミュニティではサポート目的のフォーラム、キンコミでは活用支援イベントを提供している。

 だが、少なくとも立ち上げ当初は期待する効果を絞ってはじめるべきだ。広げるほどに連携部署が増え、効果の測定や価値の説明が難しくなるからだ。世界的に成功し、いまやSPACESモデルを網羅しているセールスフォースのTrailblazer Communityも、立ち上げ当初は「サポート工数削減」に効果を絞って会社の理解を得ていたという。社内で理解されなければ予算がつかず、新しいチャレンジはしにくい。理解を得るためには、効果が短期間で実感されやすい内容に絞ることを推奨する。

コミュニティ構築の価値

 コミュニティは参加者の熱量や行動が原動力であり、企業の思惑どおりに参加者が動くとは限らず、その効果は遅効性で複合的だ。このため、コミュニティは捉えにくい施策とも言える。だが、ユーザー、企業双方にとって望ましい形で自発性を引き出すことは、最小限のリソースでユーザー体験向上が期待できる。そして、熱量の高いコミュニティはそこに集う「参加者」が主役だからこそ、模倣は非常に困難だ。時間がかかったとしても、成功したコミュニティは企業にとって非常に価値の高い資産となり得る。

(月刊「コールセンタージャパン」2024年7月号 掲載)

2024年06月20日 00時00分 公開

2024年06月20日 00時00分 更新

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