伊藤 希美 第1回

本誌記事 寄稿 コミュニティ構築〜運用のHINTS&TIPS 第1回

コミュニティ構築〜運用のHINTS&TIPS 第1回

3つの理由から高まる「顧客の声」の重要性
知っておくべきコミュニティ活用のメリット

SNSやWeb3.0の普及に伴い、「コミュニティ」はマーケティングのみならず、さまざまな用途で利用されはじめている。本連載では、コミュニティの活用用途や、構築時に押えるべきポイント、難しいとされるKPI設定、運用時によくある課題とその乗り越え方などについて、コミュニティ実践者の立場から解説する。第一回目は、拡大するコミュニティの利用用途と、その背景を説明する。

伊藤 希美
Writer
カケハシ
MusuViva!コミュニティマネージャー
伊藤 希美
1984年生まれ。東京大学・同大学院を修了後、野村総合研究所に入社。ヘルスケア領域の官民プロジェクトに従事した後、薬剤師・薬局本社勤務を経て2018年カケハシ入社。開発・CSを経てユーザーコミュニティ「MusuViva!」の立ち上げ・グロースに携わる。2024年5月に退職し、独立に向けて準備中。

 近年、「コミュニティ」をカスタマーサポートやマーケティング用途で活用する企業が増えつつある。コミュニティの語源は「互いに与え合う、共有」という意味のラテン語“Communitas”が起源といわれる。何らかの属性や思想を共有する人々の集団を示すものだ。企業は自社の製品やサービスのユーザー・利用者を1つの集団と見なし「コミュニティ施策」の導入を検討し始めている。

 最近、米国では「スタートアップの80%がコミュニティに投資し、88%が自社のミッションにとって重要だと答えている」という調査結果もあるようだ。そして、日本国内においても、外資系のコミュニティであるAmazon Web Services(AWS)の「JAWS-UG(AWS User Group-Japan)」、Salesforceの「Salesforce Trailblazer Community」などは非常に充実したものとなっている。これに追随するように、Sansanやfreeeなどの和製SaaS企業、カゴメやシャープなどの大手国内メーカーがファンコミュニティを次々と開設している。

 今回は、「なぜコミュニティが増えているのか、その用途とメリット」について解説する。

「顧客の声」が企業戦略に重要な理由

 コミュニティが注目されるのは、3つの背景から企業における「顧客の声」の重要性が増しているからだ()。

図 「顧客の声」の重要性が増している理由
図 「顧客の声」の重要性が増している理由

 1点目が、流通する「情報量の爆発的な増加」だ。スマートフォン・SNSにより個人の情報発信力が高まったことから、企業の情報発信は「砂浜の砂1粒」ほどの存在感しか持てず、すぐに消費され忘れ去られてしまうか、埋もれて見つけてもらえず疲弊してしまう。そのような時代では、自分と親しい属性・境遇の「顧客の声」(クチコミ)こそが、最も信頼があり顧客を動かす原動力となっている。

 2点目は、「顧客理解の難しさ」だ。利用者属性や購買行動、サービスの利用データが細かく分析できるようになり、一見、顧客を理解しやすくなった。だが、データ分析だけでは顧客の戸惑いや喜びといった感情や体験を把握することは難しく、「刺さる」製品は生まれにくい。ドラッカーの言うように「顧客を理解する」ことがマーケティングのスタートとすると、データがあふれる今だからこそ一層「顧客の生の声」が重要となる。「顧客の声」からその欲求や感じている価値を真に理解することができなければ、価格競争に巻き込まれてしまうだろう。

 3点目は、「価値提供の難しさ」だ。モノが足りない時代においては、顕在化しているニーズに対するモノを提供すればよかった。しかし、今や安価なモノやサービスがあふれ、顧客に「この金額を払う価値がある」と思ってもらうのは一筋縄ではいかない。そうした中、2000年代前半にマーケティング戦略のフレームワークとして提唱された「サービス・ドミナント・ロジック」では、価値を「企業側が生み出すのではなく、企業と顧客が『共創する』もの」と定義している。企業は価値を提案するが、実際に価値が生まれるのは顧客が使用する時であり、その価値は個々の顧客の置かれた文脈によって異なる。だからこそ、企業が一律に価値を謳うのではなく、さまざまな文脈上で個々の顧客がどのような価値を感じているのかを「顧客の声」から見出し、個別に提案することが重要になってくる。

 以上3つの理由から、「顧客の声」の重要性が著しく増している。日々「顧客の声」に接するカスタマーサポートやカスタマーサクセスチームがマーケティング視点を持ち、開発やマーケティングのチームと密に連携することが、企業成長のカギと言っても過言ではない。

コミュニティは「顧客の声」を束ねる装置

 公式にコミュニティ施策を開始した最初の企業は米アップルだ。同社の公式コミュニティは、創業から9年後の1985年に設立された。当時はMacintosh(Mac)が発売されたばかりで、従来製品の愛用者には不満があった。インターネット黎明期の当時、まだ「顧客の声」が企業には手紙で寄せられるのが一般的な時代に、既にネット上にはユーザー同士がアップル製品について話し合う場が存在し、顧客同士で不満をこぼしていた。アップルはその声を社内に届けることの価値に気づくと、公式のコミュニティ施策「Apple User Group Connection」を立ち上げた。同社が革新的な製品と熱狂的なファンを生み出せているのは、企業が顧客と直接つながり、顧客の声を束ね企業活動に活かしていることも理由のひとつだろう。

 日々、「顧客の声」に接するカスタマーサポートやカスタマーサクセスの担当者がその声を束ねて社内に流通させることは、企業にとっては大きな価値となる。その「真の価値」を発揮するために、コミュニティ施策は非常に有効だ。企業にとってのコミュニティとは「顧客の声」を束ねる装置である。「顧客の声」を束ねて見える化し、自社の中で流通・発展させ製品やサービスに反映したり、あるいは「顧客が感じている価値」をまだ見ぬ顧客に届く形で提案するために、コミュニティは強力な手法である。

 次回は、コミュニティに期待できる6つの効果を解説する。

(月刊「コールセンタージャパン」2024年6月号 掲載)

2024年05月20日 00時00分 公開

2024年05月20日 00時00分 更新

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