伊藤 希美 第7回

本誌記事 寄稿 コミュニティ構築〜運用のHINTS&TIPS 第7回

コミュニティ構築〜運用のHINTS&TIPS 第7回

コミュニティ施策を事業戦略に紐づける
“フレームワーク”の有用性

本連載は第6回から、コミュニティの目標設定や事業貢献の示し方をテーマに解説している。前回は、コミュニティにおけるKPI設定の重要性と、それを決めるための2つの要素(目的・成長フェーズ)、そして経営陣と戦略に関して合意形成することの重要性について述べた。今回は、実際に戦略を作り、合意を得る際に有用な、2つのフレームを紹介する。

伊藤 希美
Writer
MusuViva!コミュニティマネージャー/COWEN代表
伊藤 希美
1984年生まれ。東京大学・同大学院を修了後、野村総合研究所に入社。ヘルスケア領域の官民プロジェクトに従事した後、薬剤師・薬局本社勤務を経て2018年カケハシ入社。開発・CSを経てユーザーコミュニティ「MusuViva!」の立ち上げ・グロースに携わる。2024年5月に退職し、COWENを創業。

 企業がコミュニティ施策を実践するうえで、KPIや戦略が重要であることは言うまでもない。企業が本当に知りたいのは、自社のケースで具体的にどのように戦略を立てるべきか。それを考えるためのフレームを2つ紹介する。

 1つ目は、コミュニティマーケティング協会代表理事を務める小島英揮氏が提唱する「OWWH」である(図左)。ビジネス全体の目標・勝利条件(Objective:O)とコミュニティ施策の3年後、1年後の目標・勝利条件(O)、そこから誰に(Who)、何を訴求するか(What)、そしてどうやって行うのか(How)を整理していく。

図 コミュニティの戦略フレームワーク
図 コミュニティの戦略フレームワーク

 OWWHを整理すれば、コミュニティを明確に「事業目標を達成するための手段」として位置づけられる。コミュニティマネージャーは、コミュニティ参加メンバーと距離感が近く、ともすると「コミュニティを盛り上げること」に意識を集中しがちだ。もちろん、コミュニティが盛り上がり、参加者が喜ぶことは重要だ。ただし、それだけでは十分ではない。コミュニティを持続可能にするためには、ビジネス上の価値を説明できることと併せた両輪であることが重要である。コミュニティの目的によらず活用できるので、既存のコミュニティがある場合も、新規でコミュニティを作る場合も、一度、OWWHで整理することをおすすめしたい。

 2つ目は、DeNAのカーシェア事業「Anyca」など、コミュニティマーケティングを14年間実践している、宮本昌尚氏が提唱する「コミュニティブランドVECTOR」だ(図右)。これは、ブランド(=事業)が実現したいVISION、ブランド体験(Experience)、作り出したい文化(Culture)、ブランドとファンとの関わり(Together)の4つの要素に分けて整理するもので、ブランド体験と作り出したい文化との差分から、ユーザーとともに取り組むべきこと(施策)を考えることができる。「文化形成こそ、コミュニティの強み」という宮本氏の信念から生まれている。

 例えば、車離れ、ビール離れなど、ライフスタイルの変化により消費行動も変わる。それでも製品に興味をもってもらうには、「この車なら乗りたい」「こんなシーンならビールを飲みたい」と思える新しい文化を生み出すことが必要だ。

 また、民泊サービスのAirbnbや宮本氏の手掛けたAnycaなどは、事業を伸ばすためには「他人と家や車をシェアする」という新しい行動・文化を生み出す必要がある。

 こうした文化を作れれば、新規獲得のみならず、カスタマーサクセス(CS)もやりやすくなる。こうした文化は製品・サービスの提供から自然発生するものではなく、ユーザーとブランドの関わりによって見える化し、共感を連鎖させることで初めて醸成できるものである。

戦略は変化しても、文化は一貫

 コミュニティ施策の事業戦略上の位置づけは、途中で変更してもよい。実際に筆者が関わるコミュニティも、位置づけを変更している。「事業上、優先順位の高い課題」と「コミュニティの現在の成長フェーズでできること」とのかけ合わせを、常に探り続ける必要があるからだ。

 OWWHで整理すると、仮に会社の目標(O)が「一定のシェアを獲得すること」であれば、コミュニティの目標(O)は、「他社との差別化ができるブランディング」や「対外的に活用できる事例や顧客を創出すること」などになり、Whoは例えば「事例の候補になるユーザー」と「その事例に触れるユーザー・見込み顧客」に分け、それぞれHowを検討する。

 もし、会社のフェーズが変わり、Oが「既存顧客に対して新規事業に協力してもらうこと」になれば、コミュニティのOは「既存顧客との関係性構築」となり、満足度向上やCS活動の効率化、製品活用を促進する行動変容・文化醸成が施策となる。そのため、例えば「特定の条件に当てはまる法人」(Who)に対して、特定の体験(What・How)をしてもらうなどの施策を行うといった具合だ。

 一方、文化は一貫していることが大切だ。カケハシのユーザーコミュニティ「MusuViva!」のコンセプト「ともに考え、ともに創る 薬局のあした」は、立ち上げ以来一貫している。これは、コミュニティブランドVECTORで整理するとわかりやすい。

 カケハシは創業以来、「薬剤師がもっと患者に価値を提供できる世界を」というVisionを掲げ、業務負担を下げると同時にプラスαの指導をサポートする各種サービス(Experience)を提供してきた。こうしたサービスが選ばれ、また、十分活用されるためには、薬局で薬を渡すだけではなく、患者からの聞き取りや情報提供、医師への提案といった行動を、薬剤師が当たり前のように行う文化醸成(Culture)が必要である。それこそ、イベントやコミュニティサイトなどを通じて、顧客とともに(Together)作り上げていくものである。

 文化は一朝一夕では作れない。作りたい文化が一貫していることは、文化醸成のためにも、コミュニティ参加者との信頼関係構築のためにも重要だ。戦略やKPIはフェーズによって変えながら経営陣の理解を得つつ、一貫したコミュニティの文化を作り上げよう。

(月刊「コールセンタージャパン」2024年12月号 掲載)

2024年11月20日 00時00分 公開

2024年11月20日 00時00分 更新

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