世界最大級のカスタマーサクセスイベント・レポート
毎年、米国にてGainsightが主催するグローバル最大級のカスタマーサクセス(CS)向けオフラインイベント「Pulse」。今年は5月に米国・サンフランシスコで開催された。同イベントに参加した製造業AIデータプラットフォームを開発するキャディでカスタマーサクセス部長を務める北島陽造氏が、イベントの模様と米国CS界隈の最新動向をレポートする。
Gainsightが米国で毎年主催する、グローバル最大級のカスタマーサクセス(CS)向けオフラインイベントが「Pulse」だ。今年のテーマは「人間中心」「持続可能な成長」で、イベントでは映画『Wicked』をモチーフに紹介された。
イベントの象徴として“There's No Place Like Pulse”がスローガンに使われていた。これは、単なるスローガンではなく、CSという営みの本質であり、“技術の進化と人間らしさの両立を参加者と共有したい”というメッセージを感じた。イベントでは総体的に、AI活用やレベニュー組織への変革、従業員エンゲージメントなどが多く語られた。方法論として、「小さくてもいいからまず活用を始めること」「現場が納得できる小さな実践を積み重ねること」の価値を強調する声が印象的だった。
大半のセッションで、AIが話題にのぼった。とりわけ、セッション「No-Fluff, All-Real Talk」では、業務効率化やCSM(カスタマーサクセスマネージャー)の価値最大化といった具体的な活用例に焦点が当てられた。登壇者からも、「AIはすでに実装フェーズに入っている」という発言があった。
また、多くのセッションから、米国ではすでにAIが活用・成果の創出フェーズに突入していることが示されていた。「派手な理想よりも等身大の実践にこそ本質が宿る」という空気感がイベント全体を覆っていたように思う。
初日の基調講演で、Gainsight CEOのニック・メーター氏は「現在SaaS業界全体が“持続可能な成長(Durable Growth)”へと大きく舵を切っている」と強調した。
これは、「成長のための成長」を追い求める時代から、顧客・従業員・パートナー、すべてのステークホルダーを大切にする“人間中心”の時代への移行を意味し、この数年の業界変化を率直に語りかけていると印象づけられた。
講演の中で繰り返し強調されていたのは、「既存顧客との関係をどれだけ深く育てられるか」という視点だ。NRR(Net Revenue Retention:売上維持率)やGRR(Gross Revenue Retention:総収益維持率)といった指標が単なる数字ではなく、現場でいかに実感を伴って追求されているか、顧客とどんな価値の循環を生み出しているか。その“空気”が伝わってきた。
また、「人の力をどう引き出すか」「テクノロジーはあくまで人を活かすための手段である」というスタンスも明確だった。CSMの非効率な業務時間をテクノロジーで解放し、本来向き合うべき“人と人”の対話や価値創出に集中する。こうした考え方は、現場で日々悩みながらも、前進しようとするCSに関わる私たちにとって、大きなヒントになるのではないだろうか。

2日目のCRO/CCOセッションでは、GainsightがセールスとCSの連携をいかに再設計しているかが共有された。“ここまで語るのか”と驚く内容だったが、オープンな場の設計と合わせて、CSの進化に同社が本気でコミットする姿勢が窺えた。
中でも印象的だったのが、セールスとCSの境界線をなくし、両者が一体となって既存顧客の成長・維持にコミットする組織体制に移行している点だ。具体的には、Staircase AIなどの新しいテクノロジーでリスク管理や活動最適化を進め、インセンティブ設計やリニューアル率、マルチイヤー契約などを、より長期的な視点で再構築している。「人が判断しやすくなるようにAIを活用する」「現場の意思決定が速くなる仕掛けを作る」といった、現実的な変化のプロセスも講演では語られた。これらを自社に置き換えるにはどうすれば良いかについて熟考させられたセッションだった。

イベントから改めて感じたのが、「AIは、まず使い始めること自体に価値がある」ということだ。「最初から大きな成果を求めるのではなく、現場の納得感を大切にしつつ、できるところから一歩ずつ実践していく。こうした小さな積み重ねが、大きな組織変革につながっていく」と数々のセッションでも語られていた。さらに最新動向としては、NRRを中心としたレベニュー組織への変革も加速しているようだ。新規受注よりも、既存顧客の成長・維持を支援し、評価指標やインセンティブも現場に即したものへと見直す動きが広がっている。“セールスとCSの垣根をなくし、顧客を軸に組織全体で価値創出に挑戦する姿勢”。これこそが、これからのSaaS企業の強みとなるだろう。
(月刊「コールセンタージャパン」2025年8月号 掲載)
2025年07月20日 00時00分 公開
2025年07月20日 00時00分 更新