伊藤 希美 第9回

本誌記事 寄稿 コミュニティ構築〜運用のHINTS&TIPS 第9回

コミュニティ構築〜運用のHINTS&TIPS 第9回

顧客課題を「見える化」し開発チームに連携
カスタマーサポートへのコミュニティ活用例

前回は「カスタマーサクセス」についてのコミュニティのあり方を、事例を交えて紹介した。今回は、「カスタマーサポート」の視点からコミュニティを考える。問い合わせを共有して問題解決を促し、顧客の共通課題を可視化して開発チームに連携し製品開発に生かす。そうした顧客と企業の関係性を創る。SNSの発達した現代における「ユーザーと企業の関係性のデザイン」の必要性を提言する。

伊藤 希美
Writer
MusuViva!コミュニティマネージャー/COWEN代表
伊藤 希美
1984年生まれ。東京大学・同大学院を修了後、野村総合研究所に入社。ヘルスケア領域の官民プロジェクトに従事した後、薬剤師・薬局本社勤務を経て2018年カケハシ入社。開発・CSを経てユーザーコミュニティ「MusuViva!」の立ち上げ・グロースに携わる。2024年5月に退職し、COWENを創業。

 「カスタマーサポート」と「カスタマーサクセス」の違いはなんだろう。Sansanの元CS責任者である山田ひさのり氏は、著作『カスタマーサクセス実行戦略』(翔泳社)の中で、「カスタマーサポートはお客様の困りごとを解決することを目的としますが、カスタマーサクセスはお客様の成功を把握し、それを達成することを目的とする」と対比的に述べている。

 また、弘子ラザヴィ氏は、著作『カスタマーサクセスとは何か─日本企業にこそ必要な「これからの顧客との付き合い方」─』(英治出版)の中で、カスタマーサクセスのプロセスの中に「サポート」を入れ込み、「カスタマーがプロダクトを利用中に問題を抱えたり質問が生まれたりした時に単発的に生じる段階」と定義し、顧客を育成・支援するフェーズの欠かせないパーツとして捉えている。

 どちらにも共通するのは、サポートは顧客からの問い合わせから始まり、その解決をもって終了するということだ。Zendeskが全世界の3000人を対象に行ったアンケート調査では、顧客がサポートに期待することの上位3つは、「解決までの速度」「活用できる利便性」「共感力」だ。理想的なサポートとは、困ったときにいつでもアクセスでき、円滑かつ的確に問題解決に導き、顧客との直接対話によって、たとえ発端は不満やトラブルであっても、顧客との信頼関係構築に寄与できる可能性のあるコミュニケーションといえよう。

 サポートチームには、多くの顧客が疑問に思う内容や開発への要望などが集まる。コミュニティ担当者がサポートチームと連携し、コミュニティの投稿やイベント企画に生かすことは言うまでもなく大切である。ここではあえて別の視点、(1)問い合わせ内容を共有する、(2)顧客と開発チームの関係性をデザインする──という2つの観点から、サポート視点でのコミュニティ活用を考えたい。

図 サポート視点でのコミュニティ活用
図 サポート視点でのコミュニティ活用

「問い合わせ内容を共有する」価値

 前回も触れたが、「顧客同士のQ&Aサイト」は顧客同士での疑問解消を促進し、サポート工数の削減が期待できる。海外ではサポート品質が日本ほど充実していないことも多く、BtoBサービスについてもQ&Aサイト上で参考になる質疑を探したり、実名で質問を投稿することに抵抗が少ない傾向がある。しかし、日本では電話などのサポートが海外と比較して手厚く、とくにBtoBサービスでは海外ほどのQ&Aの盛り上がりを作るのは一般的には難しい。

 そのため、サポート文脈でコミュニティを生かすには、まず「コミュニティサイトでも十分に、時にはより解像度高く、知りたい情報にアクセスできる」という認知を得ることが必要である。

 筆者が支援するユーザーコミュニティ「MusuViva!」では、他のユーザーも気になるであろう過去の質疑をピックアップして紹介したり、忙しさなどから自分での質問が難しいユーザーに代わり、運営側が代理質問をするなどしている。また、質問に回答してくれたユーザーには、敬意と感謝を示すことも忘れてはいけない。

 コミュニティに質問を投稿することは、「問い合わせ内容を共有する」ことである。1つのQ&Aがあれば、各ユーザーが個別に問い合わせる手間を減らすことができる。また、たとえ満足のいく解決方法がない場合(例えば、今の製品仕様では運用で対応するしかないなど)でも、同様の疑問や要望を持つユーザーがいること、その声が目に見える形で企業に届いていることは、顧客に安心感を与えられるだろう。

顧客と開発チームの関係性をデザイン

 顧客からの問い合わせには、製品に関する要望や改善につながる声が多く存在する。それ故、サポートは製品開発と密接な関係をもつといえる。サポートチームが個別に声を受け止め、開発と連携するのが通常だ。

 この連載の初回で触れたように、企業がユーザーコミュニティを作った最初の例はAppleだ。サポートチームが個別に受け取るだけではなく、ユーザーからの声を見える化し、会社が直接受け止める姿勢を見せたことは、Appleが熱心なユーザーとの関係性を作り、愛される製品開発に役立った。Salesforceも「Idea Exchange」によりユーザーから直接、開発要望を募り、開発優先順位に反映している。

 MusuViva!でも、製品に関する「改善アイデア」を投稿でき、製品開発者と直接話ができるヒアリングイベントを開催している。

 これらは、単純に「解像度の高い顧客フィードバック」をもたらしているだけではない。顧客と開発チームの関係性を新しい形、すなわち製品・サービスの提供者と受益者という関係ではなく、ともにより良い製品を生み出す仲間という形にデザインしているといえる。

サポートの過程を開示して、仲間になる

 Q&Aや開発要望などのサポートの過程を開示するには、勇気がいるかもしれない。ただ、SNSの発達により、企業側の意図せぬ形でサポート内容が開示されてしまうケースもある。ならば、コミュニティを通じて適切に開示を行い、企業と顧客との関係性を双方にとって良い形にデザインすることは、これからの企業にとっては必要なのではないだろうか。

 次回は最終回として、コミュニティ実践者としてのまとめを行う。

(月刊「コールセンタージャパン」2025年2月号 掲載)

2025年01月20日 00時00分 公開

2025年01月20日 00時00分 更新

その他の新着記事