生成AI、そしてAIエージェントがもたらすコンタクトセンターやCS部門へのインパクトは、「生産性向上の手段」として顕在化している。しかし、その一方で対峙する消費者(顧客)の行動の変化もまた顕在化している。顧客接点である以上、その変化を敏感に捉え、今後の顧客体験(カスタマーエクスペリエンス:CX)向上にどう向き合うべきか。AIとCXのプロフェッショナル5名の現状認識、今後の変化、コンタクトセンターのあるべき姿を聞いた。
2025年も「生成AI」に話題が集中したコールセンターやCS業界。与えられた目的(ゴール)を達成するために自律的に稼働するとされる「AIエージェント」と称するソリューションも多数登場、かつてない“変化”の予感が漂うなか、コールセンター運営企業は自社運営、BPOベンダー問わず「PoC(Proof of Concept)」花盛りといった様相だ。ITベンダーがリリースするソリューションもその機能、価格ともに百花繚乱と言っても過言ではない。
現段階では、コールセンターにおけるAI導入の主目的は「生産性向上/業務効率化」で、具体的には「顧客との応対記録の要約」によるACW(後処理)の短縮効果が大きいとされている。しかし、AIの持つポテンシャルは当然、そこにとどまるものではない。すでにコールセンターが対峙する消費者は、スマートフォンのOS、あるいはアプリに搭載された生成AIを自在に使いこなしはじめている。
2026年のAI活用の主眼は、生産性向上から「カスタマーエクスペリエンス(CX)」向上に移行する可能性は高い。本特集では、CXについても高い見識を持つ4名のAI有識者、Generative AI Japanの國吉啓介氏/博報堂DYホールディングスの森 正弥氏/AIX Partnerの野口竜司氏/AICX協会の小栗 伸氏と、大手コンサルティングファームに属し、CX/CRMに関するトレンド、そしてAI活用にも詳しい坂本佳子氏に「2026年のAIとCX」をテーマにインタビューを実施した。
インタビューでは、5つの共通設問を用意し、全員に同じ設問に回答してもらうというスタイルを取った。その設問は次の通り。
(1)2025年の生成AI/AIエージェントの動きで、とくに印象に残っているホットトピックは
(2)それら(ホットトピックに挙げた事象)による変化や進化は、消費・購買行動にどのような影響を与えた、あるいは今後与えるのか
(3)AIエージェントが普及すると、消費者行動は今後どのように変化すると予想するか
(4)消費者行動の変化を踏まえ、企業はAI活用をどのように進めるべきか
(5)コールセンター/コンタクトセンターにはどのような影響があるか
まずはこれらの設問への回答を要約、検証する。
まずは2025年の「AIに関するホットトピック」について。図1のように、各氏の立場から捉え方が異なるため、多様なトピックがあがった。共通するのはその発揮するパフォーマンスが「驚異的な速度で進化した」ということで、社会のあらゆる場面で活用される土壌が整ったということだ。アクセンチュアの坂本氏が表現した「生活環境に溶け込むオールウェイズ・オン」という言葉がかなりしっくりくる。
この環境を実現したのが、Generative AI Japanの國吉氏が言う「データ基盤の整備やMCP/AIエージェントの登場と普及」であり、「AIコーディング性能の爆発的向上」(AIX Partnerの野口氏)、「生成から推論へ進化したフロンティアモデル」(博報堂DYホールディングスの森氏)と言えるだろう。「人間の意図を汲み取り、先回りしてアドバイスしてくれる存在」(AICX協会の小栗氏)にまで進化したのが、2025年のAIの最大の特徴だ。
こうしたAIの進化が、消費行動にいかなる変化をもたらしたか、あるいはもたらすのか。(2)と(3)の質問への回答を図2に要約した。
2025年秋にGoogle、Yahoo!がリリースした「AI検索」によるカスタマージャーニー/カスタマーエクスペリエンスへの影響は、ほぼ全員が指摘した。「検索から相談へのシフト」(小栗氏)という動きがすでに顕在化し、「問題解決」へのプロセスが変わっていることは明らかだ。実際に、ゼロクリック検索(AIによる回答のみで用件が終了するため、企業のサイトには訪問しない現象)が頻発、PVが大幅に落ち込むサイトも報告されている。
消費体験の起点が依然として「ブラウザ」にあることは間違いないが、野口氏が指摘した「ブラウザ自動検索」への階段はすでに登り始めたといえる。その先には、坂本氏が強調する「環境に溶け込むアンビエントAI」の世界が待ち構えているといえそうだ。
今後の消費行動の自動化については、やや意見が分かれた。坂本氏、野口氏、小栗氏は日用品などは「購買の自動化」あるいは「AIの提案を承認するだけ」という状況を予想。一方、森氏は自社の調査結果から、「購買プロセスの起点はAIの選択になるだろうが、消費者はたとえコモディティ商品でも、同じ価格で機能差がほとんどなくても、『こちらではなく、あちらを選ぶ』という世界観を持っている」と指摘したうえで、「自動購買まで一気に進むことはなさそう」と予測した。
ただし、坂本氏、野口氏、小栗氏も「エンターテイメントやラグジュアリーな商材/サービスは、人が能動的に選びたい領域として残る」と“消費行動の二極化”を予想、すべてがAI任せになるということはないとしている。
各氏の意見に共通した、確実に進行している消費行動は、「起点はAI」「AIとの対話」「AIとの相談、AIからの提案を受ける」というもの。野口氏は「AIDMAやAISASと言われてきた行動様式が一変してしまう」と指摘する。その結果、何がもたらされるか。國吉氏は「情報収集に要するコストの低下」と表現したが、この“コスト”とは金額という意味だけではなく、手間――いわゆるエフォートも含まれるだろう。AIに依存する消費生活領域は確実に拡大することが確実だ。
一方で、「AIに任せる部分が増えるほど、逆説的に“人間的な価値”を求めるようになる」(坂本氏)というように、アナログ的なものへの回帰を予測する向きもある。森氏も、「AIとの会話で関心や気持ちを育て、最終的に「これを買う」と決めた段階で、“アナログ=自分の世界”に落とし込んでいく。いわば『育てるデジタル、信じるアナログ』という世界観」と予測した。
AI検索の登場は、「AIをまとった消費者」(野口氏、森氏)の増加を促した。今後、GoogleやApple、Metaといったメガプラットフォーマーは、スマートフォンやPCのOS、アプリの基本機能としてAIエージェントを組み込んでいくはずだ。今後について國吉氏は「これまで以上の知識を持った顧客が急増する。企業に対する要求期待値が上がる」と予測する。
例えば、スマートフォンのなかには、持ち主(消費者)が忘れていることすらログとして残っており、AIの提案はそれらを含めて行われる可能性すらある。「顧客本人以上に本人を理解したAIを相手にすることになる」(小栗氏)というように、企業の顧客対応はさらに難易度が上がる可能性が高そうだ。
こうした変化を受け、企業はどのようにAIを活用すべきか。図3にまとめるが、全員に共通したポイントは「AIフレンドリーな顧客接点の再構築」だ。
「AIが情報を読み取れるWebサイトの構造化と設計」(森氏)、「マシンカスタマーが用件を最短で完了できる導線設計」(野口氏)、「AIO(AI Optimization)への取り組み」(坂本氏)など、表現は異なるが、カスタマージャーニーの起点がAIへの相談となる以上、まずは「AIに拾ってもらえる情報」の提供は欠かせない。坂本氏が「(人間向きの)雰囲気がよいなどの曖昧な情報は通用しない」というように、「定量化された評価」などが大きなポイントとなる。具体的には、「苦情件数やミスの少なさなど、具体的な数値に基づく信頼性」(坂本氏)などが挙げられそうだ。
もうひとつの共通点が「KPIと業務プロセスの再設計」だ。國吉氏は「効率性を重視するのか、市場におけるシェアを重視するのかなど、目的が明確でないと成果が曖昧になりやすい」と指摘。森氏はより具体的に、例えばゼロクリック検索の影響を見据えて「閲覧数を中心に改善判断すると誤る可能性がある。クローラーの来訪をログでチェックするなど、AI経由での接触を前提に評価軸を持つべき」と説明する。野口氏も、マシンカスタマー化を前提に「従来のおもてなし品質より完了率が重視される。応対の価値基準が変わる」と予測した。
業務プロセスについては、「まずは例外処理を一掃すべき」(國吉氏)、「AI導入後のワークフロー確立を急ぐ」(小栗氏)と喫緊の課題であることを示唆する傾向が強い。
コールセンターに限らず、さまざまな社内業務にAIが活用されはじめているが、生成物が急増することによるチェックプロセスの煩雑化など、「むしろ増える手間と労力」が指摘される向きもある。また、こうした短期的な視点ではなく、中長期的なプロセス変革検討が必要と強調するのが小栗氏だ。「どうしても目の前の数字やそれを達成するための施策が優先されやすい。コンサルタントなどに外注しても“それっぽい提案”に留まる傾向もある。チーム化しても、ROIが見えにくいので、アサインされた人は“ずっと仮説を考える”状態になりがちで、精神的にもしんどい。経営やマネジメントがこのチームをどう支えるかが課題」。
最後が、「コール/コンタクトセンターへの影響」だ。ここでも「業務設計」を指摘する向きが強い(図4)。
森氏は、「人とAIの業務の再定義が必要。まずはオートメーション化する分業型のプロセスと、人の判断や創造性を拡張する協働型のプロセスを見定めること」と強調。そのうえで、顧客も企業もAIで自動化する「AI✕AI」、どちらかに人が介在し、AIが支援する「AI✕人」という組み合わせを設計することを推奨した。また、小栗氏と國吉氏は、コールセンターで多く活用されているBPOに関する課題を指摘。「丸投げでは機能しない」(小栗氏)、「パートナー企業にしかない知識やシステムが存在する“ブラックボックス”の解消」(國吉氏)は、喫緊の課題と言える。
また、チャネルについての指摘も多い。野口氏は、「まずは非同期チャネルであるメールや問い合わせフォームでの対応支援から入るべき。返信までに猶予があるので、人間によるチェック体制(ヒューマン・イン・ザ・ループ)が構築しやすい」と強調。また、小栗氏は「AIエージェント化によって、そこで解決できない顧客の有人対応に対する期待値は上がる。例えばチャネルまたぎの問い合わせで何度も同じ説明をさせるような体制は大きく信頼を損なう」と指摘。「顧客理解と体験設計を横串で成立させるカナメになる組織」(小栗氏)としての進化が必要ということだ。
全員に共通した見解は、「コンタクトは減る」ということ。そしてコンタクトする顧客の期待値は上がり、求められる要素も大きく変わるということだ。
坂本氏は、「AIが解決できない怒りや悲しみを抱えた顧客のケアなど、感情労働に純化するのでは」と予測し、森氏も「(企業の)ブランドを体現する部署になる」と、顧客・経営双方からさらに高度な要求をされると言う。
KPIは、「AHTやCPH(1時間当たりの対応件数)などの効率化指標は意味を失う」(坂本氏)という見解が目立つ。つまり、少数精鋭化と卓越した問題解決能力、顧客のネガティブな体験に寄り添い、ロイヤルティを取り戻す、あるいは向上させるヒューマン・スキルが求められるということだ。トップコンサルタント、トップセールスマンに近い能力者集団に生まれ変わる必要性があると換言できる。
コンタクトセンターが顧客接点である以上、生成AI/AIエージェントの普及による影響は、まずは「顧客行動がどう変わったのか」を捉え、「どう変わるのか」を予測することが最大のポイントとなる。
もちろん、人手不足という足元の課題への対処は必要だが、そこにばかり気を取られていては、あまりにも早い技術進化と、それに合わせて変化する消費行動――カスタマージャーニーとカスタマーエクスペリエンス――に置いていかれることが目に見えている。小栗氏は、「足元の業務効率化をやり切る。そして購買行動が変わった世界を複数、想定して、自社はどう変わるべきかを議論し続ける」ことの重要性を説いた。コンタクトセンターは、生成AI活用の最前線であり、良くも悪くも「実験現場」となっている。当然、その議論の中心にいるべき存在といえる。
5名のプロフェッショナルの個別のインタビュー記事は次の通り。
Generative AI Japan 発起人/業務執行理事/事務局長 國吉 啓介 氏
博報堂DYホールディングス 執行役員 Chief AI Officer/Human-Centered AI Institute 代表/博報堂テクノロジーズ 取締役 森 正弥 氏
アクセンチュア ソング本部 マネジング・ディレクター サービスプラクティス 日本統括 坂本佳子氏