公開されているカスタマーサクセスの実践事例は、日本の場合、「スタートアップ/BtoB/SaaS/サブスクリプション」といった企業に集中している。
継続利用を前提とするSaaSでは、解約(チャーン)が将来の収益減少に直結する。新規顧客の獲得だけでなく、既存顧客の離反防止と利用拡大が重要な経営課題となるため、導入後の利用定着や成果創出を能動的に支援するカスタマーサクセスの必要性が高い。
さらに、SaaSのソリューションは、顧客(クライアント)の利用状況を把握しやすい。クラウド上でサービスを提供するSaaSは、ログイン頻度や機能の利用率、アクティブユーザー数などをデータとして取得しやすい特徴がある。利用頻度の低下や特定機能の未利用といった兆候を捉え、解約リスクが顕在化する前に働きかけることができるポテンシャルを、サービス開始時から持っているということだ。
とはいえ、大企業や非SaaS企業も、顧客/クライアントのリテンションや利用状況に応じた提案といったプロセスは重要だ。もともと、そうしたアクションは営業部門が実施するケースが多かったが、近年では契約後のオンボーディング、アダプション(定着)、エクスパンション(アップセルやクロスセル)を専任化する企業も多い。結果、営業部門は新規獲得を重点的に展開し、既存顧客に対してはカスタマーサクセス部門やインサイドセールス部門が担当する事例も増えてきている。
とはいえ、まだロールモデルとして公開されている大企業の事例は少ない。日本カスタマーサクセス協会(代表理事:山田ひさのり氏)は、「そうした取り組み事例を共有することが市場を活性化、拡大につながる」という判断に基づき、大企業を対象とした「カスタマーサクセス・アワード2026」を実施した。
10社11部門がエントリー、各界を代表する識者による審査を経て最終審査にノミネートされたのは、NEC、ベネッセコーポレーション 小中学校事業本部、NTTドコモビジネスの3社。最優秀賞にあたる「The Blue Flag of the Year」はNECが受賞した。
この3社の取り組みは、CSの役割がより広範な領域へ拡大していることを示したといえる。共通するのは、「製品・サービスの提供」から「顧客が成果を得ること」へと、企業活動の重心を移している点だ。
NECが直面したのは、大企業特有の組織の壁。多様な事業部門が個別にカスタマーサクセス業務を展開すると、活動の品質やノウハウに格差が生じる。そこで全社横断型組織のCoE(Center of Excellence)を設置。17名の専門組織が約50組織の立ち上げを支援した。重要なのは、CoEが顧客対応を代行するのではなく、人材育成や共通基盤の提供を通じて、各部門が自律的にカスタマーサクセスを実践できる体制を整えていることだ。
NTTドコモビジネスは、利用データを顧客への提案力に転換している。通信・ネットワークの利用状況から課題を発見し、顧客の経営課題と照らし合わせて改善を提案。四半期ごとのレビューを軸に、営業やコンタクトセンター(インサイドセールス)ととも連携しながら、契約維持だけでなくアップセル、クロスセルを促す。データ分析と人による対話を組み合わせ、既存顧客との取引拡大につなげた事例だ。
ベネッセコーポレーションの特徴は、「顧客の自走化」を図るアプローチとしてコミュニティを積極展開したことにある。学習ソフトウエアの活用に長けた教員を認定し、教員同士が実践事例を共有するコミュニティを形成。企業からの一方的な利用促進ではなく、利用者が互いに学び、活用を広げる仕組みを構築している。さらに、学校現場で生まれた成果を、契約の意思決定者である教育委員会に伝えることも重視する。
3社の事例は、カスタマーサクセスが特定部門だけで完結する活動ではないことを示唆している。営業、開発、サポートなどとの連携を前提に、利用データから課題を把握し、顧客が成果を生み出せる仕組みを構築する。その成果を顧客と共有することで、関係の継続や取引拡大につなげる。こうした取り組みに企業規模の大小は関係ない。
解約を防ぐための活動から、顧客の成功を通じて自社の成長を実現する活動への進化ーー。大企業におけるカスタマーサクセス業務は、従来の営業やカスタマーサポートの役割そのものを再定義する可能性を秘めている。
ケーススタディ(1) NEC
ケーススタディ(2) NTTドコモビジネス
ケーススタディ(3) ベネッセコーポレーション 小中学校事業本部