カスタマー・エクスペリエンスの基礎~今、必要とされる顧客体験第1回

 

CRMに進化をもたらす『プラスαの魅力』
感情/体験重視型サービスに注目!


バブル崩壊で廃れたCS活動、成果に結びつかなかったCRM――2つの失敗を乗り越え、今、企業が挑むべき顧客戦略が「CEM(カスタマー・エクスペリエンス・マネジメント)」だ。CEMとは、「顧客の体験・感情」に焦点を当て、より良い体験と気持ちのよいサービスという付加価値を提供することで差別化を図るというもの。本連載では、CEM実践前に確認すべきポイントを解説する。

著者:ラーニングイット 河合晴代
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 リーマンンショック以降、多くの企業で徹底的な「コスト削減」が進んでいる。残念ながら、経営層による運営効率の要求が強くなるにつれ、「顧客への付加価値的なサービス」は、置き去りにされていってしまった。だが、ここ最近になってようやく顧客サービスのポジションが、「必要最低限の品質確保」という守りから、「顧客との良い関係づくり」という積極的な姿勢へと、カスタマーサービスの方針が戻ってきつつあるように思える。「安かろう、悪かろう」では、ロイヤルカスタマーを維持、増やして行くことは、決してできないのだ。

 筆者は長年にわたり、コールセンターのエージェンシーに在籍し、多くの企業のセンター運営に携わってきた。本連載では、これからの企業の顧客戦略の柱となるであろう、「CE(カスタマー・エクスペリエンス)」について、コールセンターを切り口に解説する。

CSからCRM、CEMへ――
顧客戦略は進化を続ける

 そもそも、カスタマー・エクスペリエンスとは、どのような背景から生まれてきたのだろうか。

 企業による「顧客満足」への取り組み(図1)をみると、1980年代後半、多くの企業はCS(Customer Satisfaction)活動を推進していた。こぞってCS推進室を設置し、消費者の意見に耳を傾けようとする姿勢を取っていた。しかし、その後バブルが崩壊し、CS活動は事実上、停止状態に陥ってしまった。

図1 企業の顧客満足に対する取り組み


 経済がようやく立ち直り始めたとき、新たなトレンドとして台頭してきたのがCRM(Customer Relationship Management)だ。顧客との良い関係を構築して、売り上げ・利益を最大化しよう、という考え方だ。この時代は同時にIT技術の進歩が目覚ましく、このCRMもテクノロジーとセットで取り組まれることが多かった。コールセンター業界では2000年前後、CRMシステム導入の一大ブームが起こったのは記憶に新しい。

 CRMシステムの導入が一段落し、多くの企業が「ポストCRM」を模索していた中、注目を集め出したのが、CEM(Customer Experience Management)だ。米国のマーケティング専門家である、バーンド・H・シュミット教授が著書「経験価値マーケティング(Experiential Marketing)」でカスタマー・エクスペリエンスを提唱したのが発端となった。同教授は、「製品・サービスの特性や便益性だけでは消費者の複雑な不満に応えることはできなくなってしまった。消費者はむしろ、『プラスαの魅力』を求めているのだ。例えばショッピング時の楽しさ、使用時の快適さ、使い終わった後での余韻などだ。つまり、心地よい経験(価値)が消費者を惹きつけるのだ」と訴えている。これを別の見方で解釈してみると、「商品の機能や性能だけでは、もはや競合他社との差別化は難しく、これからは、消費者が商品やサービスを購入・利用する過程において得られる“心理的・感覚的”な価値が重要になってくる」ということではないだろうか。

従来型CRMは“データ重視型”
CEMは顧客の「感情」に焦点

 CEMと、従来型CRM(2000年前後)とは何が異なるのだろうか。  そもそもCRMは、普遍的コンセプトだ。企業が「顧客と良い関係を構築する」というのは、いつの時代においても最大の関心事であることは言うまでもない。ところが、従来型CRMは、データを駆使した「狭義においてのCRM」であった。ここでは、これをデータ重視型CRMと呼ぶことにする。

 「誰が(属性)、いつ、どこで(店舗、Webなど)、何を、どの位買ったのか」というデータを収集分析し、そこから購買の方程式(購買にいたる確率論)を見つけ出そうとする手法は、CRMを達成するための1つの方法論に過ぎない。もちろん、これは企業の販売効率において有益なもので否定する気は毛頭ないが、これだけでは企業として競争優位性を永続的に保つことは難しい。あくまでも、収集したデータを分析した結果から効率的な販売方法を見つけだすものであり、購買者のさらなる購買行動を促そうとしている訳ではないからだ。

 一方、CEMはデータでは読み取れない「心情や感情」に焦点を当てている。購入までのプロセスにおける体験、購買時の体験、利用時の体験――その時々で涌いてくる感情に価値を見出している。

 CRM(データ重視型)とCEMを簡単に比較しながら、CEMの特徴をさらに述べる(図2)。

図2 CEMの特徴


 まず、両者は顧客の捉え方に大きな違いがある。CRM(データ重視型)では、顧客は「購入者」であるが、CEMでは「利用者」だ。購入者としてのデータ分析は、属性(性別、年代、住居、顧客セグメントなど)で見ていくことになり、あくまで購買時が大切であり、さまざまな情報を収集分析する。CEMは、顧客は「利用者」であるため、企業と顧客のすべてのタッチポイントが重要であり、その時々に、「どう感じたか」が重要なのだ。顧客は「買う」だけでなく、「買う経験」をしていると捉え、そのプロセスの心情・感情に焦点を当てている。つまり、CRM(データ重視型)は、企業の視点でマーケティング的な捉え方、CEMは顧客視点で、顧客とのリレーション構築の仕方に注力していると言えるだろう。

顧客体験は商品機能を上回る!?
CE追求はロイヤルティ獲得の近道

 顧客の経験価値を高めることが、企業にどのようなメリットをもたらすのだろうか。

 米国ではすでに多くの企業がカスタマー・エクスペリエンスの実践を試みている。そのうち国内でも成功している企業には、ディズニーやスターバックス、アップル社などがある。これらの企業の共通点は、どの企業も競合他社よりもやや高めの価格設定をしているが、素晴らしい顧客体験を提供することで、ロイヤルカスタマーを獲得していることだ。しかも、いずれの企業も、商品の機能・性能そのものだけを切り離してみると、競合他社より必ずしも優れているとは言えないのだ。

 例えば、ディズニーのジェットコースターは、他の遊園地のジェットコースターよりも高低の落差やスピードにおいて勝ってはいない。スターバックスが、特に日本において、競合他社のコーヒーやベイカリーの味において抜きんでて美味しい、ということでもない。アップル社のiPodは、ソニー製ウォークマンより音質がはるかに優れているだろうか。それでもこれらの企業は、素晴らしい顧客体験(購買までの体験・利用中の体験・その後のカスタマーサービス体験)を提供することで、顧客の心をわし掴みにし、熱烈なファン層を獲得しているのだ。もちろん、顧客との接点である、コールセンターは、「顧客体験」を形成する上で、非常に重要な位置にあることは言うまでもない。

 これからの企業の顧客戦略において、カスタマー・エクスペリエンスというのは、必要不可欠なキーワードになる、というのは誰しも異論を唱えることはないであろう。しかしながら、このカスタマー・エクスペリエンスが、企業の財務にどのくらい貢献できるのか、と問われるとどうだろう。残念だが、それを数値化するのは非常に難しいと言わざるを得ない。

 次回は、カスタマー・エクスペリエンスの企業における財務的影響について論じる。

(コンピューターテレフォニー2011年8月号掲載)

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