元ファーストクラスCAの接客術“おもてなし力”の磨き方 第12回

2024年5月号 <元ファーストクラスCAの接客術 “おもてなし力”の磨き方>

江上 いずみ

コラム

第12回

社会人としての心の身だしなみ「声がけ」

 航空機の衝突や墜落事故といった大きな事例でなくても、飛行機のトラブルにはさまざまなものがあり、その一つひとつに対応していくのもチーフパーサーとしての重要な任務といえます。

 機内におけるお客様同士のトラブルも少なくありません。話し声がうるさい、イビキがうるさい、肘掛けの取り合い……とさまざまな要因がありますが、その中で最も多いのが背もたれを倒すときの後ろの旅客に対する配慮の有無によるものです。

 ある年の夏、札幌発羽田行の満席の便で、小学生の男の子が飛行機に乗って来てすぐに、「飛行機の中でゲームやってもいいですか?」と聞いてきました。手にはゲーム機がしっかりと握られています。

 「飛行機が出発して雲の上に行って、シートベルト着用のサインが消えたらどうぞ」と、にっこり微笑みながら答えたところ、離陸してシートベルト着用サインが消えてすぐに、男の子は嬉しそうにゲームを取り出しました。男の子の隣では、お父さんが本を読んでいます。ゲームを始めた男の子は、夢中になって次第に前かがみになっていきました。

 すると、そのときです。前に座っていた若い女性が何も言わずにリクライニングを思いっきり倒したのです。座席の背もたれは勢いよく男の子のおでこを打ち付け、テーブルを留めるフックが当たって男の子は「痛い!」と悲鳴をあげました。

 それを見ていた男の子の父親は立ち上がり、「倒すときはひと言後ろの人に声を掛けろ!」と言って、その女性の頭を持っていた本でコツンッと叩いたのです。すると女性の同行者の男性が「何するんだ! 殴ることはないだろ!」と後ろを向いて立ち上がって、お父さんとボーイフレンドの取っ組み合いの喧嘩が始まってしまったのです。

 泣きじゃくる男の子と悲壮な顔をした女性は茫然と立ち尽くし、男性2人はどちらも相手を許すことができず、胸ぐらをつかんだまま離しません。担当CAから報告を受けて、なんとかその場を収めましたが、機内で起きた暴力事件は警察に報告しなければならないという規定になっています。私は機長に連絡し、無線を通じて到着地の羽田空港に警察要請をしました。羽田の到着ゲートには警察官3名が待機しており、男の子とお父さん、女性と恋人を引き渡すという大変な事件となりました。

 もし、女性が椅子を倒す前にひと言、「少し倒してもいいですか?」と声を掛けていたら、このような喧嘩は起きなかったでしょう。たったひと言の言葉掛けがあれば防げたのです。

 皆さんの職場においても、「あの時のほんのひと言があったら、こんな状況にはならなかったのに……」といった仕事上のトラブルや失敗例はあるのではないでしょうか。

 「おもてなし」とは、自分が言ってもらったら嬉しいと思うことを相手にも言う、してもらって嬉しいと思うことは相手にもして差し上げることです。

 社会人の「心の身だしなみ」として、相手を思いやった声掛けを、自然とできるようにしたいものですね。

イメージイラスト
PROFILE
江上 いずみ
筑波大学・神田外語大学客員教授。Global Manner Springs代表。慶應義塾大学卒業後、日本航空(JAL)の先任客室乗務員として30年間乗務。機内アナウンスに定評があり、JALの機内アナウンス指導クリニック創設者でもある。1987年、皇太子殿下・美智子妃殿下特別便に選出され乗務。現在、大学や医療機関、介護施設、官公庁や企業に講演や研修を行う。著書「JALファーストクラスのチーフCAを務めた『おもてなし達人』が教える“心づかい”の極意」(ディスカバー・トゥエンティワン)「幸せマナーとおもてなしの基本」(海竜社)

2024年04月20日 00時00分 公開

2024年04月20日 00時00分 更新

おすすめ記事

その他の新着記事

  • スーパーバナー(リンク2)(240426画像差し替え)

購読のご案内

月刊コールセンタージャパン

定期購読お申込み バックナンバー購入