<Trend of CustomerExperience>
少子高齢化と労働力不足は、さまざまな市場と職場を直撃している。なかでも生命保険業界のコンタクトセンターは、その波の影響が大きい。前者の影響で顧客の減少は避けられず、「顧客とのつながり(エンゲージメント)強化」という経営課題に直面する部署でもある。同時に、メイン顧客である高齢者にとって電話は重要な顧客接点のため、採用難においても一定の人員数は常に維持する必要がある。結果、生産性向上は、顧客維持にとって欠かせない要素といえる。
日本最大級の顧客基盤を持つかんぽ生命保険(以下、かんぽ生命)も例外ではない。同社のコンタクトセンターは、10拠点、実に約1000席規模。オペレータ数は自社運営・委託合わせると約1300名に達する。国内でも有数の巨大コンタクトセンターだ。問い合わせは顧客からだけでなく、郵便局、あるいはコンサルタント(セールスパーソン)からの入電――ヘルプデスク対応の方が多い。
採用したコミュニケーション基盤が、セールスフォースジャパンが提供する「Salesforce Voice」とAWSが提供する「Amazon Connect」だ。
クラウドシステムの導入について、田代部長は「従来のオンプレミス型のシステムでは、機能を追加する際、IT部門への要望から始まり、予算確保、要件定義、開発というプロセスを経ていました。リリースまで1年半以上の歳月を要することもあり、AI技術が猛スピードで進化する中、この時間軸では世の中から取り残されてしまい、何よりお客さまに良い体験をお届けできないという危機感がありました」と説明。
とくに大企業では、未だにクラウドで提供されるパッケージ型のソリューションへの移行をためらう傾向は強い。情報セキュリティの問題もあるが、それ以上に課題とされるのが「カスタマイズ範囲の狭さ」だ。日本の場合、とくに業務の変化を嫌う現場は多く、既存プロセスに合わせることが困難なパッケージソリューションは敬遠されたり、導入したとしてもアドオンだらけで、更新すら難しくなるという本末転倒な状況に陥る事例もある。
同社は、リプレースに際して「それまでは業務に合わせてシステムを作ってもらっていましたが、今回は『パッケージに合わせて業務を変える』と宣言しました。運用でカバーできる部分は少し苦労してもカバーする。その代わり、世界基準の最新機能を即座に享受できるスピードを選んだのです」(田代部長)と、大企業らしからぬ英断でアジャイル開発に取り組んだ。
要件定義がスタートしたのは2023年の秋。その直後、セールスフォースの生成AI機能「Einstein GPT(※当時の名称)」がリリースされ、「要約機能などを使いたいと新たに要望し、実装を進めました」(カスタマーサービス推進部 専門役の八木雄基氏)と、追加開発を実施した。全体の導入支援は日本IBMが担当しているが、要約のためのプロンプト作成は、ユーザー部門であるかんぽ生命のカスタマーサービス推進部が一手に担当している。八木氏は、「例えば住所変更ならどう簡潔にまとめるか、入院保険金のご請求ならどうか。現場のSV(スーパーバイザー)の視点を取り入れながら、プロンプトを書き換え、微調整し続けました」と説明する。
生成AI活用については、従来のITソリューションのように「SIやベンダー、情報システム部門への丸投げでは機能しない」という指摘は多い。同社の事例もそれを実証したものといえそうだ。
最も大きな効果が後処理時間(ACW)の短縮だ。テスト段階では顧客向けで5分強が1分30秒、ヘルプデスクも2分が1分10秒と最大約70%の削減効果が見込まれている。
副次効果もある。それがコンタクトリーズンの詳細な分析だ。八木氏は、「以前は入電に追われ、記録が均一化されず、簡略化されたメモ程度しか残っていない問い合わせも多かったのです。そのため、『なぜ電話がかかってきているのか』という真の理由の分析が難しかった」と説明する。現在は、全件録音したデータをテキスト化したうえで数秒でAIが要約しているので、「オペレータの手間を掛けずに、どの手続きの、どのステップで(郵便局の)局員やお客様がつまずいているのかわかるようになりました」(八木氏)という。これは単なる効率化にとどまらず、業務プロセスの痛点の把握など、「経営資源」の入手を意味する、改革の大きな成果のひとつといえそうだ。
もちろん、オペレーション面においても、“パッケージ(の機能)に合わせる”という取り組みのため、「数カ月は生産性が低下することも覚悟していましたが、早い段階で同レベル以上のパフォーマンスを発揮できるようになっています」(田代氏)というように、AIの導入効果は極めて大きいといえそうだ。
次のステップもまた、AIの高度活用だ。具体的には、前記した6000ページのマニュアルを学習させたRAG(検索拡張生成)によるオペレータ支援など。複雑な条文や参照項目をAIが瞬時に解析し、根拠を示しながら回答案を提示する。
将来的にはボイスボットによる自動応答の範囲拡大も視野に入れているが、それは決して「オペレータ(人間)を減らすためではない」(田代氏)という。デジタル技術を高度に応用したカスタマーエクスペリエンスの向上を目指す方針だ。
田代氏は、「お客様には、入院中の方や、体調が悪くて郵便局へ行けない方もいらっしゃいます。そうした方々に対しても、コンタクトセンターから非対面でサポートしたい。また、スマホの操作に不慣れなお客様と一緒に、画面を見ながら最後まで手続きを完結させるなど、新しいサービスのカタチを考えて実現したい」と展望する。
例えば、かんぽ生命がコンタクトセンターでの入院保険金請求受付で導入した「カミレス」は、電話で対話をしながらショートメッセージを送り、その場で書類を撮影・アップロードしてもらう電子申請サービス。非対面チャネルが対面サービス並み、あるいは超える「感動体験」の一例といえる。
高齢化が進む日本において、生命保険会社のコールセンターが顧客接点として果たすべき役割は大きい。AIの力を得て現場力を高める同社の取り組みは、ロールモデルのひとつといえそうだ。