
小栗氏は、「生成AIは“質問に答える道具”から“その人が本当に知るべきことを先んじて示す相談相手”へと変貌しつつある」と強調する。2026年冒頭の段階では、消費・購買行動はまだ大きくは変わっていない。しかしAIエージェントが普及すれば、消耗品の自動購入から、会話を楽しむ購買体験まで、行動変容のスイッチは一気に入る。企業はその変化にどう備え、コンタクトセンターはどんな役割を担うべきか。縦割り組織の限界を突破する「実験できる横串チーム」の作り方が、ここからの競争力を左右する。(本特集の総括記事はこちら)
――2025年の生成AI/AIエージェントの動きで、とくに印象に残っているホットトピックは。
小栗:大きく2つあります。ひとつは、生成AIが「確率論でそれらしい回答を出す存在」という理解を超えて、状況によっては「人より頼れる」と実感する場面が増えたことです。私自身の体験なのですが、夜中に体調の変化があって、ダメ元でChatGPTに相談したんです。パニック状態だと、人は「なぜこうなったのか」と原因を聞きがちです。しかしAIは、私が聞いたこと以上に重要なこと、つまり「今すぐ取るべき行動」を先に提示してきました。「まずしゃがんでください」「こうしてください」と、短く、迷いなく言い切る。要点が最短距離で返ってくるんです。“救急のスペシャリストのようだ”とすら感じた体験でした。パーソナル性を加味した確率に基づく回答や、聞かれた質問に答えるだけではなく、その人が本来知るべき情報を状況に応じてサジェスト、会話を組み立て始めています。まるでトップコンサルが、視点を変えたうえで大事なことを先に伝えるのに近い。こうした“先回りコミュニケーション”は、今後どんどん広がると思います。
もうひとつは、やはりAIのアウトプットは確率論に基づいてはいるので、100%の精度ではないという前提に立つと、クリティカルな業務への適用は難しいという見方がありました。それが「特化型モデル」の登場で実用フェーズに入った気配があるということです。しかも、それがいわゆる小規模のLLMではなく、OpenAIやGoogleといったビッグテックがこの領域に注力しだしているのは大きな変化だと思います。
――消費者行動の変化を踏まえ、企業はAI活用をどのように進めるべきか。
小栗:理想は、2本立てで進めることです。ひとつは足元の業務効率化をやり切る。もうひとつは、購買行動が変わった世界を複数、想定して「自社はどう変わるべきか」を議論し続けるということです。
難しいのは後者ですね。研究開発組織なら比較的やり慣れていますが、ビジネス部門は、不確実性が高いテーマに工数を割きにくい。どうしても目の前の数字やそれを達成するための施策が優先されます。体力のある企業はコンサルタントなどに外注しますが、そのコンサルが業界や自社の状況を深く理解していないと、提言が“それっぽい”で止まり、腹落ちしない。腹落ちしないと推進力が出ないというジレンマが発生しやすくなります。例えば、トップコミットメントとして「3年先を見据えるチーム」を社内に作り、探求を継続することが重要です。ただし、ROIが見えにくいので判断しづらいですし、そこにアサインされた人は“ずっと仮説を考える”状態になりがちで、精神的にもしんどい。ここを経営がどう支えるかが問われます。
――コールセンター/コンタクトセンターにはどのような影響があるか。
小栗:ポイントは、顧客の、企業の窓口に対する期待値が変わりつつあること。状況に応じたパーソナルな対応が必要とされ、そのためのデータを取得して活用する局面において、企業の縦割り構造が一気に限界に達する可能性があります。顧客がAIエージェントを通じて企業にアクセスし、「私の状況はこうで、これをやりたい」と伝えるようになると、企業側は顧客の全体像を横串で理解できるかどうかが決定的なポイントになります。今は、チャネルをまたいで問い合わせをする際、何度も説明しないといけない煩わしさを、顧客も“仕方ないもの”として受け入れている。しかし、先進企業でそれを感じさせないサービスが登場すると、顧客に電話・メール・複数窓口を渡り歩かせ、かついちいち説明させないといけない企業は悪目立ちして、「何なんだこの会社は」と、信頼を失うスピードが加速するのではないかと感じます。
そのとき、コンタクトセンターは単なる対応窓口ではなく、顧客理解と体験設計を横串で成立させるカナメにならざるを得ないのではないでしょうか。この実現には、既存のコンタクトセンターだけではなく、開発、営業企画、他のAIを理解する人材などを選抜して、権限と予算を持たせた“チーム”を組成する必要があります。それもちょっと言葉は悪いかもしれませんが、「各部門の余剰人材を集める」のではなく、エース級ともいうべき中核人材を入れ、試し、実装まで進めてしまう。ここまでできるか否かが分岐点になりそうです。
生成AIは、導入すれば自然に業務が変わるわけではありません。ワークフローをどう設計し直すか、誰が運用するか、どこに人間の判断を残すか。こうした設計力が問われます。人材がいないからといってコンサルタントやBPOなどの外部に頼り切ると、業界や市場に対する現場の解像度が上がらず、“動く仕組み”になりません。コンタクトセンター領域こそ、リテラシーと設計力が競争力の源泉となります。
#小栗氏インタビューまとめ:
2025年の生成AIは、回答の巧さだけでなく「優先順位の付け方」まで獲得し、パーソナルデータ連携によって“相談の納得感”を現実的な水準に引き上げた。消費行動はまだ変化の途上だが、AIエージェントが普及すれば、効率化としての自動購買と、会話体験としての購買促進が同時に進む。そして企業の相手は、本人以上に本人を理解する“分身AI”へ移っていく。変化が“見えにくい段階”ほど、準備の差は後から大きく開く。顧客の分身AIが当たり前になる前に、企業側の横串と実装力を整えられるか——その一点が、次の競争力を決める。
<アクションアイテム>
•二本立て運用:効率化(足元)と、購買行動変化のシナリオ検討(中期)を並走
•横串を実験可能にする:形だけの組織でなく、権限・予算・実装責任を持たせる
•中核人材の特別チーム:寄せ集めではなく、現場に近い人材を選抜して投入
•業務設計力を鍛える:生成AI導入後の業務フローを描ける人を育て、外注の限界を補う