生成AIは、国際競争力を大きく左右するファクターとして、先進各国を中心に官民を挙げた投資が続いている。
日本も同様で、経済産業省と国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(略称:NEDO)は、その一環としてAIの社会実装を目的に懸賞金プログラム「GENIAC-PRIZE」を展開している。経済産業省の商務情報政策局 情報技術利用促進課長 兼 AI産業戦略室長、渡辺琢也氏は、「(AIは)開発を強化しただけで社会実装は進みません。利活用する側のノウハウが必要です。両方の接地点を探らないと進化しないという思いからプログラムを展開しています」と説明する。
2025年のGENIAC-PRIZEは、「カスタマーサポート領域」を設定。56件の応募があり、1〜3位の3申請、地域賞8申請、特別賞4申請が選出、表彰され、それぞれ賞金が授与された。受賞企業は以下の通り。
1位:株式会社未来都/newmo株式会社「タクシー配車業務のAI音声対応」(賞金5000万円)
2位:東洋船舶株式会社/株式会社JDSC「船主支援のAI番頭。メールと社内文書を資産に変える!」(賞金4000万円)
3位:一般財団法人在宅がん療養財団/株式会社シャルクス「がん相談エージェント『ランタン』:あなたは一人ではありません」(賞金3000万円)
地域賞:
学校法人アルコット学園
株式会社MITSUHIRO/大熊インキュベーションセンター
株式会社OneAI/Fukuoka Growth Next
株式会社イワタ/株式会社Gns
株式会社会津ゼネラルホールディングス/株式会社 Aisometry
株式会社悠心/新潟県工業技術総合研究所
京なかGOZAN
国立大学法人九州大学大学院/株式会社ONIXION
特別賞:
AIエージェント賞:アイフル株式会社/FunnelSphere合同会社
ユースケース波及賞:日本航空株式会社/Gen-AX株式会社
ユーザー変革賞:株式会社JTB/カラクリ株式会社
持続実装賞:東急株式会社/株式会社Nextremer
なお、審査員は次の通りだ(敬称略)。
審査委員長:
松尾 豊(東京大学大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻/人工物工学研究センター 教授)
審査員:
岡田隆太朗(日本ディープラーニング協会 専務理事)
白井恵理(メンバーズ執行役員/メンバーズデータアドベンチャーカンパニー社長/Generative AI Japan理事)
村上真奈(エヌビディア ソリューションアーキテクトマネージャー)
桑原勇樹(JICベンチャー・グロース・インベストメンツ ベンチャーキャピタリスト)
山下辰巳(HDI-Japan 代表取締役CEO)
矢島竜児(リックテレコム 取締役 コールセンタージャパン・ドットコム/CSMEDIA プロデューサー)
受賞企業をはじめ、高評価を得た申請の特徴は、大きく次の5点といえる。
・ベテラン社員の暗黙知を継承可能な形式知に変換、顧客対応要員のスキルを拡張するアプローチ(属人化の解消)
・社会や地域における高齢化や人材不足の課題を解消するための取り組み
・AIの能力拡張、それに伴う適用範囲拡張を見据えた中長期的な取り組み
・現場業務を知悉した人材が生成AIに関する知識やノウハウを貪欲に吸収、「現場視点」「顧客視点」で導入をリード
・パートナー企業に丸投げするのではない、「共創」による開発
さらに上位3申請については、「PoCや試運転、あるいはそれによる見込み効果ではなく、本稼働し成果をあげている点」が極めて高く評価された。
1位を受賞したnewmoは、電話中心であるタクシーの配車予約にAIボイスボットを導入。「休憩も取れないほどに現場が疲弊してもなお、平均30%は呼損していた」という状況を脱し、「いつでもつながる」というカスタマーエクスペリエンス向上と収益増を一挙に実現している。
2位の東洋船舶は、「ベテランの暗黙知の形式知化」という、今回、かなり目立ったアプローチのなかで、最も専門性の高いニッチな業界における「属人化」に挑んだ事例として高く評価された。
3位の在宅がん療養財団は、「がん患者への正しい情報提供を寄り添いつつ実践する」という、ハルシネーションが許されない領域における高品質なチャットボット対応を実践。RAGの高度な事例として高評価を得た。なお、すべての申請が強力なリーダーシップのもとに展開されたという特徴も共通している。
言い換えれば、2025年段階のカスタマーサポート領域における生成AI活用は、「大規模なコンタクトセンターよりも用途を絞って効果を高める、中堅中小規模の顧客(消費者)対応」を強力なリーダーが推し進める段階だったといえそうだ。
今後は、より大規模なコンタクトセンターにおけるカスタマーエクスペリエンスと生産性を両立した取り組みが期待される。
GENIAC-PRIZEは今年も実施し、応募を募集中だ。今年はカスタマーサポート領域ではなく、企業・団体対象のテーマが「エッセンシャルワーカーの人手不足対策に資するAIを活用した業務プロセス改革」。もちろん、コールセンターも「エッセンシャルワーク」のひとつであることはコロナ禍に実証されているため、申請対象となり得るはずだ。詳細はこちらから参照可能。
次頁はプログラムを主催した経済産業省の渡辺琢也氏のインタビューを掲載する。
<Interview>

矢島 カスタマーサポート領域の申請を振り返って、申請の内容や広がりをどう受け止めましたか。
渡辺 カスタマーサポート領域は初開催にも関わらず、思ったより多くの申請をいただきました。大企業だけでなく、中小企業、地方の企業にも多数参加いただいたことはかなり意外でしたし、とてもバラエティに富んだ素晴らしい取り組みばかりだったと思います。
今回、カスタマーサポートをテーマにしたのは、「この業務が存在しない組織はない」と思ったからです。政府としては、すべての会社、すべての業務にAIを導入することが重要だと考えていますが、カスタマーサポートは、その業務内容と生成AIの相性がよく、全産業共通課題である人手不足がより深刻化している職場でもあります。実際、事業規模の大小にかかわらず「工夫」に対する積極姿勢が垣間見えました。カスタマーサポートは、AIと人間、AIと顧客が接する「入り口」と改めて感じました。
矢島 審査会では、「本稼働しているか否か」が大きなポイントになった印象がありました。
渡辺 重要なのは、「ラストワンマイル」ということの表れだと思います。エンジンを作っただけでは快適な車にならないのと同じで、AIも基盤モデルだけでは成立しません。現場のキメ細かいとこで使うためにどうチューニングするか。1週間に1回だけ使うAIでは意味がありません。継続的に使う側が「これは使える」と思えるところまで作り込む必要があります。その点、受賞企業に共通していたのは、AIを「導入した」だけではなく、業務の中で使い切る姿勢だと感じました。(パートナーの)ITベンダー各社も重要な役割を担っていましたが、そこに丸投げするのではなく、現場のドメイン知識を持つ人が深く関与し、技術力を使いこなす。その差が、PoCで止まる企業との違いとして表れていました。必要なのは、AIとドメイン、そして現場の掛け算。ユーザー企業側にも、AIを理解し、コントロールする力が求められていることを如実に反映したのではないでしょうか。
矢島 今回は国産基盤モデルの検証を要件としていました。どんな狙いがあったのですか。正直、その要件を最初に聞いた際は「(活用が前提ならば)無理ではないか」と思いましたが。
渡辺 絶対に国産基盤モデルを使ってくれと申していたわけではありません。ただ、実働にはエコシステムを作る必要があると考えています。従って、(基盤レイヤーは)すべて海外依存でよいとも思っていません。日本語や日本文化に根ざした能力、特定領域に深く刺さるAIにも勝ち筋があるはず。例えば製造業の暗黙知やきめ細かさをAIに移植できるなら、それは日本独自の競争力がAIに宿るということです。
この視点は、フィジカルAIにつながります。安全性や信頼性が求められる領域では、データの質、システム統合、人間とAIのインタフェース設計まで含めた総合力が問われます。日本企業が長年蓄積してきた現場のノウハウを、どうAIに取り込むか。それが次世代の競争力の源泉となるでしょう。
矢島 現場の暗黙知をAIで継承するには、現場人材のAI人材化が必要です。一方で、日本と、例えば米国ではAIに対する投資額が官民ともに差がありすぎます。結果的に起きている人材流出は大きな課題だと思うのですが。
渡辺 優秀な人材、意欲のある人材が海外で経験を積むのは、とてもいいことです。その視点では、どんどん行っていいのではないでしょうか。そのAIを使う市場、産業が日本に存在すれば、海外で得た知見をベースにしたAIを日本で実装するという流れになる。一方的な流出にはならないと思っています。こうした循環、つまりエコシステムの構築は、政府として強く後押ししたいと思います。
矢島 確かに、受賞企業のほとんどは現場レベルでAI活用を推進する方が存在しました。今回の賞金も、そういった方々に有効に使っていただきたいですね。
渡辺 GENIAC-PRIZEには、優れた取り組みに賞金を出すだけでなく、現場で奮闘する人に光を当てる意味合いも強いプログラムです。次回(2026年度)のテーマは「エッセンシャルワーカー」です。コールセンターやカスタマーサポートも、「社会活動、消費活動に欠かせない存在である」という点ではエッセンシャルワーカーです。ぜひ応募を検討してほしいですね。
AIは、システムを作るだけでは社会を変えません。現場で使い切る人がいて初めて、技術は仕事を変え、産業を変えていきます。今後も開発・構築のレイヤーだけではなく「使う」ことを強力に支援したいと思います。
受賞企業3社の事例記事: