生成AIが日本のコンタクトセンターにもたらしつつある要素は、単なる「業務効率化への期待」というだけのものではない。オペレータやSV、センター長に至るまでのすべての従業員体験(エンプロイーエクスペリエンス)と、コンタクトしてくる顧客の体験――カスタマーエクスペリエンスを根底から変革するポテンシャルを秘めている。ITソリューション市場ではスタートアップから大手SIに至るまで、さまざまなソリューションを開発・提案し、ユーザー企業はその選択にアタマを悩ませている状態だ。
そうしたなか、生成AI登場以前からコンタクトセンター向けAIソリューション市場を牽引してきたカラクリ(東京都中央区、小田志門代表取締役 CEO)とHelpfeel(京都府京都市、洛西一周代表取締役 CEO)は戦略的パートナーシップを締結。両社が提供するソリューションを連携させ、製品体系を拡充する。「多様な顧客ニーズに対し、包括的なAIソリューションをワンストップで提供可能となる」(洛西氏)
両CEOに提携の背景、日本のコンタクトセンター市場におけるAI活用の現況、そして今後の方向性を聞いた。
――協業に至った背景は。
小田 (カラクリは)約60名の従業員のうち半数がエンジニアという、どちらかと言えば技術志向の会社です。一方、Helpfeelさんは技術力はもちろん、営業力やカスタマーサクセス部門が非常に強力です。コンタクトセンター市場が大きく変わりそうなタイミングでこの2社がコラボレーションできれば、ソリューションの価値を広げるスピードが加速するのではと考えました。
洛西 近年、とくにエンタープライズのお客様に多いのが、「顧客接点の全体を提案したうえで、フォローしてほしい」というニーズで、これにお応えするには包括的なソリューションを展開する必要があります。(Helpfeelは)ナレッジベースの構築に強みを訴求していますが、さらに広範囲の機能が必要になりつつある現在、より提案力を強める意味でカラクリさんのソリューションに魅力を感じています。
――協業がもたらす付加価値について、具体的に教えてください。
小田 Helpfeelさんのソリューションは、FAQなどコンタクトセンターで活用される最も重要な部分であるナレッジベースの多くをカバーしています。一方、カラクリが提唱するAIエージェントは単なる自動応答支援を超えた実行支援を目的としています。その参照先のひとつとしてHelpfeelさんのナレッジを活用できるメリットは大きいと考えています。具体的には、すでに(Helpfeelの)ソリューションを導入している企業にとっては、より容易にAIエージェントを追加できることを意味しています。例えば本人確認や手続き系の用件で参照・変更といったエージェンティックな対応も段階的に拡張していくことが可能です。
洛西 カラクリさんのAIエージェントは、現段階では欠かせない機能のひとつである有人チャットとのスムーズな連携をはじめ、マーケットから非常に高い評価を得られています。それを(FAQなどのナレッジベースと)合わせて展開できるメリットは大きいと捉えています。
――現在のコンタクトセンターにおける生成AI活用のトレンドについてどう捉えていますか。
洛西 開発が容易になったこともあって、多数のソリューション、とくにチャットボットツールが登場しています。選択肢が増えることは事業会社の皆さまにとって大きなメリットである一方、さしてクオリティの高くない“なんちゃってチャットボット”的なツールが多いのも現状です。
――本物のAIエージェントと“なんちゃって”の違いについて。
洛西 ChatGPTやClaudeなどの機能としてコーディング不要でのエージェント開発が容易になったため、安易に導入するケースが多いですね。そうしたお客様の声を聞くと、導入した後のメンテナンスや改善に苦労されているケースが目立ちます。一見、エンドユーザーとやり取りできるレベルに見えても、ナレッジがそもそも整備されていない結果、運用が回らない、ROIが説明できず本稼働に至らないという事例も多いようです。
小田 カラクリのAIエージェントは、いきなり回答を生成するのではなく、特許技術である「聞き返し」を実装しており、クエリーの質を上げるといった高度な機能が組み込まれています。また、単純なRAG(Retrieval-Augmented Generation)だけではハルシネーションの問題をクリアできず、月間数千件から1万件の対応を行う本番環境では深刻な問題を引き起こす可能性も高まります。
――AIエージェント化に向けた最大の課題をどう捉えていますか。
洛西 データが「AIレディ」の状態になっていないことです。従来から保有しているマニュアルをAIに読ませて検索できる状態にすると、それらしいチャットボットはできてもお客様は問題解決できないレベルのケースが頻発しているのではないでしょうか。
――AIレディになっていない状態について、具体的に教えてください。
洛西 お客様向けのマニュアルやコンタクトセンターの内部のマニュアルは、多くがフローで描かれています。言い換えると、コンテキストが整っていないのです。AIで活用するには、マニュアルや人間のアタマの中にフローとして保存されているナレッジを吐き出してデータ化しないといけません。それをコンテキストエンジニアリングと呼んでいます。Helpfeelでは、お客様のコンタクトセンターに蓄積しているログからコンテキストデータを作り直しています。これがAIレディ化されたデータになります。
小田 データのコンテキスト化については、いくら(Helpfeelとカラクリの)2社だけで頑張ってもなかなか進まないと思います。業界を挙げた取り組みにする必要があると思うし、アプローチ手法もさまざまあるので、新しいことができそうなら一緒にスピードをあげていきたいと考えています。
――これまでは多くの局面で「競合」の関係性だったと思います。その変化は。
小田 お互いにとって新規のお客様への提案など、競合する部分は残ると思います。その上で、HelpfeelさんのナレッジとカラクリのAIエージェントの組み合わせなど、効果がわかりやすい連携から提案していくという方針です。
洛西 最近、増加しているエンタープライズ向けの案件で、チャット体験などを含めたマルチチャネルのカスタマーエクスペリエンスを向上したいというお客様にはより有効な提案ができるかと思っています。業種的には、インフラ、保険などの金融、Eコマースなど幅広く展開する方針です。また、Helpfeelは直近、グローバル展開を強化させています。そこで勝ち抜くため、リソースの選択と集中を進めるとともに、国内では卓越した技術を持つパートナーとの共創を加速したい。カラクリさんのAIエージェントはその意味でも大きな武器になると考えています。
――BPOベンダーを対象としたビジネスの可能性は。最近、「AI-BPO」という形態を訴求する企業もありますが。
洛西 「人からAIへ」という大きな潮流が発生していて、BPOベンダー各社の危機感は相当、大きいと思います。多くのコンタクトセンター運営企業が「人を採るのではなくAIでもっとCXを高めたい」と考え、提案を求めています。そのニーズに応えていただくために、我々が提供するソリューションをどんどん使っていただきたい。我々に共感いただけるBPOベンダーさまとは積極的に協業していきたいと思います。
小田 人間の能力を発揮するためにもAI活用が必須の時代です。「専門的な人材供給」を訴求しているBPOベンダーさまこそAIを使いこなすことで人間にしかできない高付加価値なCXに注力できるはずです。共創を加速させたいですね。
――今後の方針について。M&Aの可能性は。
洛西 当社は海外展開に加え、上場を目指して準備に入っていますし、さまざまな可能性は排除しません。
小田 同じ考えです。当社も非連続な成長を常に視野に入れており、市場をリードするためにM&Aを含めあらゆる戦略的選択肢をフラットに検討しています。
生成AI/AIエージェントの登場と普及は、カスタマーエクスペリエンスはもちろん、コンタクトセンター市場の構造を大きく変えることは確実だ。従来のようなSI/ITベンダー(プラットフォーム/アプリケーションなど)/コンサルタント/BPOベンダーといった、常識的な括りに基づく役割分担では、複雑化かつ高速化する運営企業のニーズには応えられなくなる。おそらく、淘汰とともにさまざまな協業が発生するだろう。両社の業務提携がそのトリガーとなる可能性もありそうだ。