コンタクトセンターにおけるAI活用は、顧客対応内容の要約、FAQ作成・更新の支援、VOC分析支援など用途が広がっている。とくに最近、期待値が高まっているのが人材育成への適用だ。
人材は、労働集約型の職場であるコールセンター最大の「資産」である。その資産が不足し、顧客満足の低下と現場の疲弊が同時進行している現在、教育に問われるべきは単なる効率化ではない。その質をどう担保するか――学習機会を増やし、従業員の不安や不満を減らす。それがコミュニケーション品質向上につながる。
ファンケルのコンタクトセンターは、CX推進部内で編成されている。お問い合わせ窓口、美容相談など、用件によって窓口を分類。全体では約140名規模で、受注業務などの一部は外部委託しつつも、顧客接点の中核は自社で担う内製のコンタクトセンターだ。中心となる人材は無期契約スタッフで、継続的な育成が前提となっている。

その教育を担う存在が「ファンケル大学」だ。コンタクトセンター向けには4名の講師が在籍し、現場のトレーナーとも連携している。同社の教育文化の成熟度の高さを具現化した組織であり、今回のAI導入も、ありがちな“足りない教育を埋めるため”ではなく、“既存の高品質な教育の拡張”という側面が強い。
ファンケル大学で講師を務める栁 麻由氏は、かつての課題について「マンツーマンのロールプレイング指導に時間がかかること」と強調した。ロープレ研修は、きめ細やかな指導ができる一方、受講者が増えるほどに1人あたりの練習回数が制約される。さらに、カリブレーションを実施しても、評価のすり合わせはかなり難しい。最終的にはトレーナー個人の見立てに依存しやすい傾向は否定できない。
つまり、従来型のロープレ研修は質の高さが担保される一方で、回数をこなせない、評価の納得感に個人差が出るなどの構造的課題を抱えているといえる。
同社が採用したのはSapeet(サピート)の「SAPI ロープレ」。まず6社のソリューションを比較した。基準となったのは、(1)基本機能、(2)シナリオの柔軟性、(3)料金体系、(4)年間費用など。そのなかから2社を選定し、シナリオ設計/評価基準作成/会話の自然さ・スムーズさ/操作性・UI/ロープレの評価内容・妥当性/満足度/店舗・窓口研修に使えるか――の項目で比較、同ソリューションの採用に至った。ファンケル大学の栁 麻由氏は、「私たちが大事にしている価値観を、(AIの)評価やペルソナ、ロープレする想定シーンに落とし込めたこと。もちろん、会話の自然さとスムーズさ、評価項目を研修段階に応じて増減できる柔軟性も高く評価しました」と説明する。
この取り組みで最も興味深い点は、AIに“ファンケルらしさ”を落とし込むプロセスだ。同社はクレドの設定など、企業文化を極めて重視していることでも有名で、人材教育も当然、これらを踏まえて実践している。
ファンケル大学での研修には、もともとロープレ時のシーン設定や評価シート、カリキュラムごとの到達すべきゴールが明示されており、かつドキュメント化もされている。これらをAIに取り込んだうえで、実際にトレーナーがロープレを行い、期待通りの評価が下されるかを繰り返し確認した。言い換えればヒューマン・イン・ザ・ループを前提としたプロセス設計で、AIに判断を委ねる前に人が評価軸を点検し、必要なチューニングを加えた。既存のドキュメントをベースに、比較的容易にそれらを設定できる点もSAPI ロープレを選んだ理由のひとつだ。
もちろん、すべてをAIに任せているわけではない。AIの評価対象は「発話内容」だ。一方で自信を持って話しているか、声のトーンといった「音声表現」は最終的にトレーナーが確認する。つまり、AIロープレを重ねて、そのうえでトレーナーによるロープレを実施し、フィードバックももちろん行う。人とAIの役割分担が明確に設計されている。「AIロープレで壁打ちを重ねて改善ポイントをAIからフィードバックしてもらい、最終的には人が評価する仕組みです」(栁氏)
成果はすでに見え始めている。最もわかりやすいのは、“トレーニング回数の増加”だ。従来は、1回の研修機会で1人あたり多くても2回だったロープレ講習が、AI導入後は平均で6回程度、多いスタッフでは12回まで増えたという。1回あたりの所要時間はおおむね5分前後で、待ち時間が減ったことによって同じ研修時間内でも試行回数――つまり壁打ちを重ねることができている。
AIのフィードバックに対する満足度も高いようだ。カスタマーサービス本部 CX推進部の小田啓之氏は「従来、指導を受ける側は、人に教わることをプレッシャーに感じる傾向があったと思います。AIが相手だと気軽に楽しそうに学んでいると感じます」と説明する。
栁氏は、「もちろん、私たち講師もポジティブな指導を心がけてはいます。ただ、トレーニング機会に限度があるのは事実。今回、対象となった若い層の社員にとってはとくに、回数を重ねて点数が伸びるというゲーム感覚も満足度が高い要因なのでは」と分析する。
利用者は20代前半から50代まで幅広いが、効果や満足度に大きな年齢差は見られなかったという。「評価コメントをじっくり読み込むか、要点だけ押さえて反復するかといった学習スタイルの違いはあります」(栁氏)というが、これは性格的なもので、どれが正しいというものではない。体得度合いに差がつかなければ問題ないといえそうだ。
受講者からは、「クレーム応対のような難しいテーマでももっと練習したい」という声が上がっている。AI相手であるがゆえに、失敗を恐れず反復しやすい。ここに、従来の研修では得にくかった学習心理上の効用が期待できる。
今後はさらに活用シーンが拡大しそうだ。外部機関の表彰制度である電話応対コンクールや、もしもし検定(日本電信電話ユーザ協会)の実技練習にも応用する方針。店舗研修への展開準備も整っており、すべての顧客接点で運用できる体制が整いつつある。

さらに期待値が高いのが、「教育の即時性」だ。小田氏は、「現場で浮上した課題に対してすぐ手が打てることが大きいのでは」と期待を寄せる。これまでは、現場でのアドバイスや指導とは別にトレーニングが必要と感じても、あらかじめ決められている研修日まで待たなければならなかったが、今後は必要なときに練習できるようになる可能性もある。教育を“集合研修中心”から“常時アクセス可能な学習インフラ”へ変える発想といえる。
同社の事例からは、AI導入の要諦とは、“何を自動化したか”ではなく、“何を人に残したか”にあると学ぶことができる。自社センターの価値基準を埋め込んだAIが反復練習と一次評価を担い、最終チェックは人が担う。この整理があるからこそ、教育の量を増やしながら質を崩さない運用が成立している。
人材教育は、コンタクトセンター・マネジメントの永遠の課題だ。同社の取り組みでもわかるように、AIは講師を不要にする魔法の杖ではない。しかし、学習機会を増やし、評価の納得感を高め、現場の改善速度を上げる強力な装置にはなる。教育を省力化やコスト削減の対象ではなく、品質競争力を強化する投資と捉えられるか。そこに、「顧客体験の差」が生まれるといえそうだ。(矢島)