<Trend of CustomerExperience>
インターネットが商習慣の主役となり、かつサブスクリプション型のサービス普及が生んだ宿命的な社会課題――それが「ダークパターン」の蔓延だ。消費者の意図に反して購入や登録を促すようなUIは、欧米で巨額の制裁金や返金まで発生する事案も頻出しており、経営の観点からも見逃せない、「カスタマーエクスペリエンス」を取り巻く大きなテーマだ。2024年に設立されたダークパターン対策協会の取り組みと合わせて、CS部門が果たすべき役割を検証する。
「申し込みはワンクリックで可能なのに、解約/退会はコールセンターに電話しないとできない」「初回お試し価格と書いているので購入したら、そのまま定期購入になっていた」「在庫わずかとあったので慌てて購入したが、翌日以降も売り切れになっていない」――Webサイトの利用における“あるあるパターン”だが、これはすべて「ダークパターン」と呼ばれる不当かつ不公正な行為だ。
ダークパターンは、2010年にUXデザイナーのハリー・ブリヌル(Harry Brignull)氏が提唱。「ユーザーの意図に反して何かを購入させたり、登録させたりするなどの行動を取らせるために使われるトリック」と定義されている。2022年には経済協力開発機構(OECD)が7カテゴリー・24類型に整理した。
ダークパターン対策協会の事務局長、石村卓也氏は「近年は“ディセプティブデザイン”という呼称が一般化しつつあります。これは、悪意の有無を問わず、結果として消費者を欺くデザインやUIになっているケースも含むという定義」と説明する。『ダーク』という言葉からは悪意があるものを連想しがちだが、実際の定義では、その範囲ははるかに広いということだ。現場の担当者がKPI(クリック数や売り上げなど)を追求するあまり、悪意なく実装した「過失」もダークパターンとして捉えられる。
これらの“欺瞞的行為”は、短期的には「売れるテンプレート」として機能する可能性はある。しかし、消費者が一度「騙された」と認識した瞬間、その企業のブランド力は崩壊し、長期的なLTV(顧客生涯価値)は雲散霧消しかねない。悪質と見なされれば詐欺的サイトと同列に扱われ、SNS時代の広範なレピュテーションリスクを招くことになるだろう。次に示すのは、具体例のほんの一部だが、多くのサイトが該当する可能性が高いと推察される。




ダークパターン対策協会は2024年9月に設立された一般社団法人。データ・プライバシー保護の国際的潮流を受けて、消費者が「安心・安全」にインターネットを使えるように、また誠実な事業者が消費者に選ばれるようにダークパターン対策の実装・普及啓蒙を経営課題と位置づけて活動している。すでに消費者からの通報を集積・分析し統計レポートを公開する「ダークパターン・ホットライン」、啓発動画などの消費者教育(学校教育含む)、行政機関への提言などの活動を展開中だ。
なかでも中心的な事業が「NDD(Non-Deceptive Design)認定制度」だ。「誠実なWebサイトを審査・認定し、改ざんできない認定マークを付与する制度」(石村氏)で、2025年10月に審査開始。審査にあたってのガイドラインは有識者、企業Web責任者、政府関係者(消費者庁、総務省、個人情報保護委員会事務局、経済産業省)で作成された。
認定プロセスは3段階。
第1段階の自己審査チェックシートは、対策ガイドラインとともに協会のホームページからダウンロードできる。
審査内容について、石村氏は「まずは審査員のぶれがない範囲で認定制度をスタートしました。今後徐々に審査範囲を広げていく方針です。具体的には、クッキーバナー、購入前の最終確認画面、そして組織的対策の3つを審査対象としています」と説明する。組織的対策では、ダークパターンに対して責任を持つ責任者の任命、問い合わせ窓口の設置、ウェブサイト設計段階でのレビュー体制などを審査項目としており、ここにはコールセンターなどのCS部門が密接に関与すると推察される。すでに第一号としてさまざまなDXソリューションを提供・展開しているフォーラムエイトが認定されている。
ダークパターンに対する欧米と日本の意識の違いは大きい。例えば、「欧米では申し込みと解約・キャンセルの手続きが不均衡だと違法とされるケースが多いです。申し込みはオンラインで簡単にできるのに、解約はコールセンターに電話させたり複雑な手続きを踏ませたりする手続きの不均衡自体がNGとされています。また、EUで定められたGDPR(General Data Protection Regulation:一般データ保護規則)では、個人データ処理への同意と拒否の手続きの不均衡が違法になります」(石村氏)という。実際、2020年以降、さまざまな企業が制裁を受けている。2023年には米アマゾンがAmazonプライムへの登録誘導および解約手順の複雑さによってFTC(米連邦取引委員会)に提訴され、10億ドルの制裁金と15億ドルの消費者返金で合意している。
一方で、日本にはこれらを直接規制する法律は存在しないが、2025年3月に閣議決定された「第5期消費者基本計画」では、ダークパターンについて「事業者の主観的な意図に関係なく、消費者の脆弱性を作出・利用する可能性があり、また消費者自身がその脆弱性の作出・利用や被害に気付きにくいという特徴を踏まえ、実効性のある対応を講じることが重要」と明示された。
なお、これまでは特定商取引法による「誇大広告」として摘発される事例が多い。また、景品表示法や消費者契約法、消費者安全法、個人情報保護法などで行政指導される事例もあるが、行政機関の縦割りによる統一した規制ができていないのも事実で、法規制の断片化が生む「グレーゾーン」に対し、民間主導でNDD認定制度という基準を提供することは、市場の自浄作用を促し、健全な競争環境を守るための戦略的な一手となり得る。
ダークパターンの被害が最も早く、生々しく顕在化するのが、コールセンター(CS部門)だ。苦情を含めた顧客の声が最も早く集まる、企業における「感覚器官」といえる。
しかし、CS部門が吸い上げる「解約しづらい」「騙された」という不満の声が、UI/UX設計部門や経営層に届かない「組織のサイロ化」は根源的な課題といえる。石村氏は、「お客様相談室とUI/UXを設計する部門が分断されている企業が多いのが現状では」と指摘したうえで、「第一号認定のフォーラムエイト様の場合、トップダウンだったのでスムーズでしたが、窓口からのボトムアップはかなり難易度が高い」と指摘した。
加速する高齢化社会とAIの普及もダークパターンの被害を拡大させる要因となりかねない。実際、行政指導を受けた事例を見ると、高齢者向けの商材も目立つ。AIが人間に代わって申し込みなどを行うAIエージェントやマシンエージェントが進行すると、人間を騙すデザインからAIを騙すデザインに移行するなど、イタチごっこが続く可能性もある。
「コールセンターで電話やメールを受ける方も、ダークパターンについて知識があると、消費者の方からいただいた声を聞いて『これって私の会社もしているのではないか』という気付きを持っていただけるかもしれません。こうした動きが少しずつ普及すれば、被害も減ってくるのではないかと思います」(石村氏)
協会の調査によるダークパターンによる国内の金銭被害は年間1兆円を超え、被害を受けた人の1人あたりの年間被害額は平均約3万3000円に達すると推計される。この1兆円は、本来であれば企業と消費者の「信頼」に基づいた健全な消費に回るべきお金だったといえる。企業は、短期的な利益のための「トリック」から、長期的な関係構築のための「誠実さ」へ進化させるべきタイミングであり、顧客接点であるCS部門は、それをリードできる存在になれるはずだ。