ほとんどのコールセンター運営企業は、「顧客情報」という資産を扱っている。
個人情報保護法の施行以降、その資産価値は高まる一方で、とくにクライアントの顧客情報を扱うBPOベンダー各社にとって、情報漏えい対策は極めて優先度の高い経営課題であり続けている。
にも関わらず、個人情報漏えい・紛失事故は相次いでいる。東京商工リサーチがまとめた2023年の上場企業とその子会社が公表した個人情報の漏えい・紛失事故は、175件(前年比6%増)。漏えいした個人情報は前年(592万7057人分)の約7倍の4090万8718人分(同590.2%増)に達している。そのなかで最大規模となったのが、NTTマーケティングアクトProCXで発生した事案で、2024年2月に同社が公開した社内調査委員会の報告書によると、委託元69団体、928万件の顧客情報が流出したとしている。
MiraiZ松山は、さまざまな業務(ジョブ)をカバーしている、同社にとってはまさに旗艦センターと呼ぶべき存在だ。収益にはならない特設センターを同地に開設した理由について、井上氏は「会社としてクライアント企業様、お客様へ徹底的に寄り添い真摯に受け止める対応が必須。物理的な距離は遠くても、本社直轄の拠点で、とくに信頼できるリーダー層が存在したので」と説明する。また、「最終的に必要な規模感も見通せない状況だったので、中〜大規模対応に耐えられるセンター」(井上氏)という条件も満たしていた。
特設センターでは、公開される情報に合わせて、マネジメントを柔軟に変化させた。例えば、大規模な流出が確認されたクライアントについては、専用の窓口を設け、電話番号を分けて対応するなど、グループ編成も徐々に複雑化していく。
そして、コールのピークは2024年2月に到来した。最終的に流出が判明した928万件のうち、117万件については、「どのお客様(クライアント)の流出データなのかが不明で、その方々にNTTマーケティングアクトProCXから直接、ダイレクトメールをお送りしたのですが、それが皆さまの手元に届いた頃、1日に2000件を超える入電がありました」(井上氏)。
通知を受けた一般消費者にとっては、まさに寝耳に水だっただろう。自分が利用したどの企業からの流出かも不明で、かつDMの発送元である「NTTマーケティングアクトProCX」という名前も、知っている消費者の方が少ないはずだ。井上氏も、「BPOというビジネスモデルをご存じない方や、ニュースをご覧になっていない方からのお電話も多く、経緯の説明から始めることもありました」と振り返る。なかには、損害賠償を求められたり、誹謗中傷に近い言葉を投げかけられるオペレータもいたようだ。最長の通話時間は、実に4時間30分に達したという。もちろん、オペレータ1人ではなく、SV含めて複数人で対応した。
スーパーバイザーの三好美和氏は、「まずは落ち着いた静かなトーンで、ゆっくり早口にならないように気を付け、お客様の話を遮らず耳を傾けることを重視して対応しています。お客様の温度感が高ければ高いほどオペレータは焦り、何かを話さなくてはと口をはさむことで悪循環になりやすい。また、エスカレーションされた際は、より落ち着いたトーンで謝罪し、そのあとにはお客様のご意見をしっかり遮らず聴く。そのうえで誠意をもって、できないことはできないと申し上げることも含めて対応します」とコミュニケーションのポイントを説明した。
通話時間などの一般的なKPIは度外視、ひたすら謝罪と寄り添い対応を繰り返す――かなり特殊な対応だったゆえか、熟練のリーダーたちを持ってしても、運営を軌道に乗せるためには一筋縄ではいかなかった。
即座に打ち出された「放棄呼は出さない」という方針も例を見ないが、捜査の経過と合わせてFAQなどのナレッジを更新しないといけないスピード感も求められた。そして、何よりも現場のスタッフに求められたのが「徹底的な寄り添いと傾聴」という対応だ。
最も現場を悩ませたのが、流出元不明の顧客対応で最も多かった「今後、どうしたらいいのか」という質問に具体的な対処を示すことができないということだ。
井上氏は、「どこからの情報流出か不明な以上、この質問に明確にお答えすることができないのです。勧誘などの不審な電話にお気をつけください、そうした電話が続くようなら消費生活センターにご相談ください、被害が生じたら警察にも通報してくださいなど、一般的に想定されるリスクに関する注意事項をお伝えし、あとは謝罪を繰り返すことしかできず私どもも大変心苦しかった」と説明する。
傾聴、お詫び、注意喚起――これが特設コールセンターのスクリプトのすべてである。会話の主導権は、常に顧客(企業や消費者)にある対応。これに求められるのは、生産性や効率ではなく、徹頭徹尾、ホスピタリティだ。現場ではそのスキルを持つ人材を集め、オペレータたちに寄り添うマネジメントを徹底した。
メンバーの選定基準は、概ね次の通りだ。
業務の特異性を勘案、応対テクニックなどは、教育で補う。
1.既存/新規メンバの選定・採用基準
(1)協調性/素直さ/柔軟性
(2)ストレス耐性
(3)シフト対応性(受付時間を勘案)
(4)勤怠(受付時間を勘案)
2.新規メンバー採用時に注視したことは、実施業務の理解力。
こうした基準をクリアしたメンバーでも、ひたすら傾聴し、謝罪と注意喚起の日々を過ごす辛さは想像に難くない。
CXソリューション部 四国センタ 総合OSC松山のマネージャー、村上貴幸氏は「長時間対応が終わったオペレータへの声掛けは欠かしませんでした。“(お客さまに寄り添った)よい対応ができたね“と褒めて、応援することは大事だと感じます。そして一定時間を超えたコールは常にモニタリングし、1人で対応しているわけではないという安心感を与えようと心がけました」と説明する。
サブスーパーバイザーの平山麻衣氏も、「応対が終わったあとは必ず、お疲れ様でした。頑張ったね。という声がけをします。強いお言葉を投げかける方や、怒りをぶつける方、本当にさまざまなお客様がいらっしゃいますので、常にモニタリングし、受電したオペレータさんの側に行き、瞬時にアンサーが出せるよう、お客様から聞かれた内容に対する回答を携帯しているボードに書き込んでサポートを心がけています」と日々の業務について説明した。
昨今、耳目を集めるカスタマーハラスメント対策にも通じる配慮といえそうだ。
「現場のピリピリ感は伝染しますので、大変な時こそ雰囲気が悪くならないよう注意し、誰もが意見を言いやすい心理的安全性の高い環境を日々目指しています」(三好氏)
顧客対応を主業務とする以上、コールセンターでの顧客情報の漏えい・流出はあってはならない事案だ。とくに、クライアント企業から情報を預かる立場にあるBPOベンダーは、情報セキュリティの堅牢さこそがビジネスの生命線といっても過言ではない。
NTTマーケティングアクトProCXおよびNTTビジネスソリューションズで発生したこの事案は、客観的に見て、USBメモリが利用可能だったというシステム要件の緩さ、情報を扱う人材における権限管理の甘さは否定しようがない事実だった。
しかし、特設コールセンターの迅速な設置と「1本も落とさない」ホスピタリティ最優先の運営、現場スタッフに徹底的に寄り添うマネジメントの徹底は、プロフェッショナルの仕事のひとつであることもまた、事実である。