コラム
第2回
作家の井伏鱒二先生は、二日酔いになると、ぬるい風呂に入っていたという。そして、少しずつ熱くしていって、たっぷりと汗を流す。そうすると、どんな二日酔いもさっぱりと直ってしまうのだという。
ある人が、そのあとどうなさるのかと聞くと、先生は、妙なことを聞くな、という顔で、「決まっているじゃないですか。また飲み始めるんですよ」と、答えたそうだ。
大作家の真似はとてもできないが、強烈なクレームを受けた後は、ちょっとした二日酔いのようになる。つまり、“後を引く”のである。
二日酔い対策に似て、こちらにも、人それぞれにオマジナイがある。廊下を散歩してみる、お茶を汲んでくる、愛煙家なら喫煙所に向かう、などが一般的だ。離席したまま、なかなか帰ってこない人は、さすがに心配になる。
筆者が勤めるコールセンターでは、数人がひとつのシマでオペレーションをしている。誰かが強烈なクレームを受けると、すかさず、ジョークを展開し、気分転換を図る。ブラックジョークであるほど効果的だ。
例えば、某企業との長時間対応を終えた先輩が、思わず天を仰いで「あー!なんて会社だ!」と嘆息した。すかさず私は声をかけた。「ウチの会社のこと言っちゃダメですよ」。気がつくと職場中が笑いころげていた。
放送禁止用語が飛び交うことも珍しくない。例えば、昔のアニメのセリフを真似て毒を吐くと、「それ、『〇〇の星』に出てきたセリフだろ」「昔の番組は放送禁止用語が当たり前だったよなぁ」と話題が展開し、気がつくと懐かしのアニメ話で盛り上がっている。
強烈なクレームが殺到したことがある。1通話20分以上かかるケースも少なくない状況で、1人あたり1日数十件を受け付けた。ついに、コンタクトセンターにいる何人もが、電話を取ろうとすると指が震えるようになった。管理部門からは、とくにクレーム対応用のスクリプトなどは渡されず、「丁寧に聞きとってください」と通達されただけだった。それではオペレータはたまらない。砲弾の一斉掃射に向かって、「何も持たずに、ただ立っていろ」と命じられたようなものだ。
強烈なクレーム対応が続くと、オペレータ個人やチームでのオマジナイでは限界がある。クレームが殺到しない仕組みづくりも大切だが、クレームがある以上は、管理社員による、オペレータの異変への気づきや心配りが重要になる。
日本プロ野球でただ一人、通算3度の三冠王を獲得した落合博満氏は実は努力家である。不振にあえいだシーズン、誰もいない室内練習場でバッティングに取り組んだ。練習を終えたところ、あまりに長時間、バットを振り続けたため、指が感覚を失ってバットから離れなくなってしまっていた。すると、当時の稲尾和久監督が物陰から姿を現し、指をゆっくりとバットから離してあげたのだという。監督は、練習中は気づかれないように、そっと見守っていたのだ。
「千本ノック」のようなクレームを受けて、ついに指が動かなくなったオペレータの手から、そっと受話器を離してあげたい。管理社員が、適切なタイミングで、適切な心配りができる仕組みづくりが必要だ。