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AICX協会 代表理事 小栗 伸
生成AI研修を通じて、文章作成や要約、応対支援は着実に速くなった。にもかかわらず、現場全体が変わった実感を持てない企業は少なくない。顧客の目的は、一つの作業ではなく、複数の業務・部門・システムをまたいで完了するからだ。本稿では、コンタクトセンターで培った力を「越境力」と「実装力」へ広げ、AI活用を組織の継続的な変革につなげる道筋を考える。
文章作成や要約、顧客応対支援などに生成AIを活用して、生産性向上につなげている現場は少なくない。しかし、その多くは「個人単位の成果」にとどまっている。
例えば、応対履歴の要約が速くなっても、その後に確認、承認、転記、他部門への連絡が続けば、業務全体の所要時間は大きく変わらない。
個々の作業を速くすることと、一連の業務を通じて顧客の目的を達成することは異なる。個人利用で得た知見を生かし、変えたい顧客体験を定め、業務を分解し、人とAIの役割を描き直す。ここまで踏み込むことで初めて、組織の成果へ広げられる。
コンタクトセンターの運営管理者はこれまで、顧客の困りごとを捉え、応対手順を設計し、品質と生産性を両立させてきた。加えて、FAQの更新や例外時のエスカレーション対応、他部門へのVOC共有による業務改善の働きかけなども担っている。センター運営は、もともと顧客、現場、システム、組織をつなぐ仕事といえる。
今後は、この仕事に接触(コンタクト)前の行動も加わる。例えば、Webやアプリ上の行動、FAQの閲覧、手続き途中の離脱、契約・購買・利用状況、再入電や解約などのデータを組み合わせることが求められる。これらのデータをAIで分析し、共通するパターンやデータ間の関係を捉えることで、「顧客がどこで迷い、何が問い合わせの契機になったのか」「声を上げていない顧客にも同様の不便が生じていないか」といった仮説を立てる。その結果を、商品、サービス、Web導線、業務プロセスの改善へつなげるのである。
この役目を担うのは、AIに最も詳しい人でなくてもよい。現場の負担や制約を理解し、関係者と仕事を変えてきた経験こそが、AIエージェント実装の武器になる。
例えば、「契約内容を確認し、必要であれば変更したい」という問い合わせがあった場合、多くのオペレータが顧客の状況を丁寧に聞き、プランの違いや料金への影響を説明し、顧客の判断を支えてきた。こうした「応対力」は、AI時代にも重要な価値となる。
一方、必要な情報が複数のシステムや部門にまたがり、手続きや例外判断の権限が限られている場合、一度の応対で顧客の問い合わせの目的を達成できるかどうかは、担当者の経験や個人の工夫によって左右される。
そこで、AIがFAQや契約情報を参照したり、顧客の状況に応じて選択肢と影響を整理することで経験や工夫を補完する仕組みが求められる。
目指すのは、オペレータの応対をAIに置き換えることではない。コンタクトセンターで培われてきた優れた実践を起点に、商品、営業、請求、システム、法務などと連携し、業務、データ、判断権限を見直す。優れた応対を、部門を越えて再現できる組織の仕組みへ広げるための再設計が必要となる。
この再設計に必要となるのが、「越境力」と「実装力」の2つだ(図1)。

越境力は、コンタクトセンター、事業、IT、法務といった、各部門が重視する品質、負荷、実現性、リスクといった異なる観点を、「顧客のどの体験を変えるか」という共通目的につなぎ、合意をつくることを指す。成果を測る指標には、応対時間などの業務KPIだけでなく、手続き完了率や再入電率などの顧客体験KPI、解約率や継続利用率などの事業KPIも組み込む。
もう1つの実装力は、AIに任せる範囲や人が判断する条件、例外時の引き継ぎを、現場の知見を生かして一緒に設計。導入後も顧客の反応や現場の違和感をもとに、業務とナレッジを更新する。推進役と現場を分けず、ともに試し、学び、変え続ける力だ。
コンタクトセンターで培われてきた顧客理解、応対設計、VOC、例外対応の力を、部門間の合意形成と、人・AI・業務・データ・判断権限の設計へ広げる。新しい能力をゼロから身につけるのではなく、現場の実践を組織横断の設計力へ転換することが、越境力と実装力の要点といえる。
実装においては、最初からすべての問い合わせを変えようとすべきではない。件数に加え、顧客の不便が大きく、複数部門への引き継ぎや再入電が発生しているコンタクトリーズンを1つ選ぶ。
現行の対応を「AIが情報を集める」「AIが選択肢を示す」「人が承認する」「システムが処理する」の4つに分け、どこで顧客や担当者が止まるかを確かめる。小さく始めても、データ、権限、例外時の責任まで含めた設計が重要だ。
検証では、平均処理時間だけを追わない。手続き完了率、再入電率、有人への引き継ぎ成功率、AIの提案を人が修正した割合、顧客が説明を求めた場面などを合わせて見る。処理が速くなっても、再入電の増加や不安が大きくなれば、顧客体験は改善していない。AIの誤りだけでなく、人が迷った判断や例外対応も学習材料として残し、次の業務・ナレッジ・権限設計へ戻す。改善の責任者と更新の周期をあらかじめ決めることが、PoC(概念実証)を現場の仕組みに変える条件となる。
越境力と実装力を実際の業務で発揮するプロセスに落とし込むと、5つのステップに分かれる(図2)。

この5つのステップを進めるうえで、とくに重要になるのが、顧客体験価値を起点とした人とAIの役割設計だ(図3)。

人口減少、顧客期待の上昇、AIエージェントの社会への浸透は、サービス運営の前提を変えつつある。情報検索や定型的な案内、一定の判断や手続きをAIが担うようになれば、人につなぐ案件は、より複雑な判断、丁寧な説明、感情への配慮、例外対応を必要とするものへ集中していく。
重要なのは、「AIにできない仕事を人に残す」という発想だけで役割を決めず、「顧客はどの場面で人の判断、説明、対話、責任を必要とするのか」から、人とAIの役割を設計することだ。AIに委ねる判断や手続きが増えるほど、AIが示した選択肢の根拠を企業が把握できること、なぜその選択肢が示されたのかを説明できること、必要な場面で人へ引き継げること、企業が結果に責任を持つことが、顧客の信頼を左右する。
まず1つの問い合わせ(コンタクトリーズン)を選び、関係者との最初の協議で3つの問いを置きたい。
1. AIによって、どの顧客体験をより良くし、その成果を顧客体験・業務・事業の各KPIでどう測るのか。
2. その実現に向けて、連携を深めるべき部門・業務・データは何か。
3. 導入後、誰が現場とともに分析と改善を続けるのか。
この3つを起点に、5つのステップを回す。必要なのは、顧客接点、業務、AI・データ・ナレッジ、人材、ガバナンスを横断し、顧客体験の詰まり(ボトルネック)を見つけ、人とAIの役割を継続的に更新する体制だ。コンタクトセンターは、顧客の声と運用知見を生かし、その起点になれる。
こうした役割を目指す人が、AIエージェントの企業実装に必要な知識と実践力を体系的に学ぶ選択肢の1つとして、AICX協会の「AIエージェント・ストラテジスト」資格がある。AIに詳しいかどうかにかかわらず、現場で顧客と業務をつないできた経験を持つ人は、組織横断の変革を担う人材になり得る。