newmoグループは大阪、沖縄、神奈川などでタクシー事業を展開し、全国で1400台超の車両、2400名以上の従業員を抱えるモビリティスタートアップだ。タクシー事業を中核に据えつつ、将来的には自動運転タクシーの実現も見据え、データ活用やAI開発を自社で進めている。
配車アプリの導入拡大などのデジタル化を進める一方、足元の課題となっていたのが、配車室の電話対応だ。未来都タクシーなど、傘下のタクシー会社の配車センターでは、多い日には1000件を超える入電がある。多くの会社で朝と夕方にピークが集中し、現場は逼迫していた。また、ビジネスの性格上、24時間対応が避けられないケースも多いため、人材採用や確保がかなり厳しい。同社に限らず、すべてのタクシー会社にとって、配車センターの運営は大きな経営課題となっている。
AI開発を主導したソフトウエアエンジニアの熊谷 健太郎氏、配車センターでそれを活用する堺相互タクシーの泉谷和枝氏は、「平均すると、入電の3割は取れない状況でした。現場では朝と夕方のピークは席を外せず、お手洗いにも行けないような状態」と従来の状況を説明した。
これは単なる労務負荷の問題だけではない。電話がつながらなければ、配車機会を失い、顧客満足度も低下する。タクシー会社にとっては、取り逃した1本の電話はそのまま売上機会の逸失――それも将来的なものを含む――になる。配車センターは、ドライバー同様、まさに「生命線」を握る存在といえる。
さらにnewmoは、M&Aによって複数のタクシー会社がグループ化されている。企業、あるいは営業所ごとに業務手順やKPI管理の粒度が異なるという課題もあった。AIうんぬん以前に、「経験則に頼った配車運営からデータを基点にした運営」へ移行する必要も生じていた。
そうしたなかで開発された「maido」は、顧客情報の照会、対話・判断、配車システム連携、有人転送といった一連の配車対応を担うAIエージェントだ。そのアーキテクチャは図の通りで、音声合成には国産の「VoiceCore」(提供:GIPU)もテスト。
実運用ではコスト面の課題などがあってGoogleのGeminiを活用しているものの、「感情表現や抑揚など、温度感のある音声は、海外ベンダー製品よりも高く評価しました」(熊谷氏)という。
運用後のメリットについて、熊谷氏は「すべての着信をまずAIが受けることで、お客様の不便を解消できます。対応においては今すぐの配車依頼か、それ以外の問い合わせかを切り分けています」と説明する。忘れ物や一般問い合わせなどは有人対応へ転送し、配車可能な依頼はAIが完結させる設計だ。
GENIAC-PRIZEにおいては、多くの申請がPoC段階だったのに対し、maidoはすでに実運用されている点が高い評価を受けた。早い本稼働をもたらしたポイントのひとつが、この「AIに過度な自由判断をさせなかった」点といえる。
タクシーの配車業務には、人間でも難しい判断が多い。たとえば「建物の近く」「いつもの場所」「病院の横」といったあいまいな表現だけでは、車をどこに付けるべきか判断しにくい。「住所が分からず、周りの景色だけを伝えられると、人でも判断が難しい」(泉谷氏)。
そこでmaidoは、まず「失敗しにくい配車」をカバー。既存顧客のDBに登録されている過去の利用履歴や曜日、利用パターンをもとに乗車場所を予測し、「こちらからのご利用ですか」と確認する。イレギュラーな依頼や聞き取りが難しいケースは、無理にAIで処理せず有人へつなぐ運用だ。
開発過程では、現場(配車センター)との連携を重視。コミュニケーションツール「Slack」で具体的な不具合や改善要望を共有し、週次に近いサイクルで改善を重ねた。例えば「高齢者がAIに話しかけるタイミングをつかみにくい」という課題に対しては、昔ながらの留守番電話のように「ピッ」という電子音を入れた。熊谷氏は「電子音を流すことで、話すタイミングを計ってくれるようになり、切断も少なくなりました」と説明する。最新AIの導入といえども、優良な顧客体験を支えるのはこうした地味な設計だといえる。
また最も苦労した点について、熊谷氏は「音声認識の精度」と振り返る。「難読地名や珍しいお名前を聞き取れないことはあります。ファインチューニングで改善は進めますが、平均すると30秒程度の音声を40時間分、集めて学習させる必要があり、データ収集と整理は未だ課題です」と説明する。
本格運用後、AIが一次対応することで受電率は100%に改善した。件数にして月間平均1万6400件強の着信を受電。AIによる対応完結率は45.5%だ。
この結果、オペレータは場所特定が難しい依頼、問い合わせ、クレーム、例外対応など、人間が担うべき業務に集中できるようになった。
一方で、課題も明確になっている。2025年11月時点では、応答はしたものの通話切断率が28.6%あった。原因は、AI音声の不自然さ、固有名詞や難読地名の聞き取り精度など。同社は、前記したように国産AI音声モデルであるVoiceCoreの検証を実施。ブラインドテストでは、話し出しやすさの支持率が既存モデル(Gemini)の25%に対し、VoiceCoreは42%。固有名詞の発音や人間らしさの面でも改善が確認されている。
ただし、本番環境への投入には至っていない。クラウド環境での安定性確保や採算面が壁になっている。AI活用は「技術的にできるか」だけではなく、「事業として継続できるか」が問われる段階といえそうだ。
また、AHT(平均対応時間)は98秒で、有人対応とあまり差はない。「当初はかなり短い仕様を目指しましたが、現場のフィードバックを受けた結果、確認事項を増やしました。もっとも避けたいのはお客様に迷惑をかけるトラブル。ドライバーの収入機会を失うことにもつながりかねないので、安全を重視しています」(熊谷氏)
地方の移動手段の確保は、高齢化が著しい日本における大きな社会課題のひとつだ。免許返納後の移動手段としてタクシーの重要性が高まる一方、小規模なタクシー会社では、大きな設備投資もできず、かつ人的リソースも逼迫している。「社長自ら電話に応対している事業者も多い」(熊谷氏)という。
また、高齢者の多くにとっては、アプリ操作は正直、難しい。主流である電話を起点とした配車をAIで支援できれば、地域交通の維持にもつながるだろう。もっとも、横展開は簡単ではない。配車には“土地勘”が必要であり、地域ごとに独特の呼び方の地名、そして文化が異なる。同社でも、maidoを外販する可能性についてはかなり慎重だ。
maidoの本質は、「人をAIに置き換える」ことではない。限られた人員で、より多くの移動需要に応えるための業務再設計にあるといえる。タクシー配車というレガシーな現場に、AIが実利をもたらし始めている。