実践編
第7回
インハウスでコールセンターを設立すると、時折、役員が突然センターに訪問してきたりします。ある日、常務がセンターに突然現れたにもかかわらず、「知らないおじさん」としてSVが対応してしまう事件が起こりました。しばしの応酬のすえ、なんとか誤解が解け、センター内に入ることができた常務。その場で叱責されるかと思いきや、飛び出したのは意外なひと言でした。
私が以前、立ち上げたコンタクトセンターは200名を超える大規模センターでした。当時、その立ち上げのプロジェクトチームの責任者が担当役員の常務でした。
プロジェクトは、発足してから運営開始まで約半年間という短い期間で対応しなければいけない案件で、社内でもかなり注目されていました。これまで12カ所の支社で受けていた電話を1カ所のコールセンターにすべて集約させるもので、各支社も注意深くプロジェクトの行方を見ていたのでした。
最終責任者の常務は、大企業の常務ですし、すごく偉い方にもかかわらず、とても気さくな人で、プロジェクトで何度も壁にぶち当たることがあったのですが、その度に「悩ましい問題がまた起きたな」と笑顔で言いながらも、いろいろと、ことあるごとに助け舟を出してくれました。
そうやって常務も最初の頃はプロジェクトに顔を出し、あれこれ注文をつけたり、意見をしていましたが、チームメンバーの結束力は高く、プロジェクトが軌道に乗ってからは、定期的に報告だけは上げていたものの、常務は我々を信頼してくれていたのか、いつしかミーティングにもあまり顔を出すことはなくなっていきました。

半年後、無事、センターはスタートしました。当初は、オペレータの充足率を満たしていなかったり、オペレータも不慣れのため、対応時間が想定以上にかかったり、応答率も当初の目標から大きく下回るなど問題続出の日々でした。
運営を開始してから半年後のある日の朝、センターのインターホンの呼び出し音が鳴りました。コンタクトセンターは、重要な顧客情報を取り扱うため、社内でも隔離されていたり、セキュリティがある程度確保された執務室でオペレーションをやっていたりします。
インターホンが鳴ったので、近くにいたSVがカメラを確認します。他部署の担当者がセンターに用事があって、直接センターに来ることも多いため、不審者かどうかカメラで確認してから、入室を許可するルールになっていました。
いつもなら、顔馴染みの社員を画面モニタで確認して、SVが開錠キーを押し、センターの扉の鍵を開けるのですが、その時ばかりはSVが戸惑っていて、センターの鍵をなかなか開けないのです。
私が不審に思い「どうした?」と聞くと、SVは「変なおじさんがセンターの入口に立っているんです」と言います。まれにお客様がクレームなどで訪問してくることがあります。今回もそうしたお客様かと思い、インターホンのモニタを見ました。すると、そこにはスーツをビシッと着た初老の男性が立っていたのです。
通常、社内の人間は社員証がついたストラップを首から下げています。しかし、その初老の男性はつけておらず、社内の人ではないと判断、SVは怪訝そうな声で「どちら様ですか?」と聞いたのです。ですが、その男性は「私だ!」としか言いません。再度、SVは「ですので、どちら様でしょうか?」と質問しました。しかし、その初老の男性は「だから私だって言ってるんだ。早く開けて!」と言うので、SVはますます怪しいと思って鍵を開けません。ついには、その男性は「寺下さん、いるんでしょ?」と言ってきました。
その声を近くで聞いて、ハッとしました。なんだか聞き覚えがある声です。SVも「あれ? 寺下さんのこと知っているみたいです、この変なおじさん」と言ってきたので、すぐ私はモニタ画面を確認しました。すると、そこには顔がどアップで写った常務がいたのです。
私は、SVに「変なおじさんなんかじゃない! 常務だ。すぐ開けて」と指示し、SVが開錠ボタンを押しました。常務は、私を見つけるや否や、足早にマネージャー席にやってきて、少し怒り気味で、こう言ったのです。
「寺下さん、久しぶりだね。センター開設から半年経った。私には顧客の声が全然届いていないけど、どうなっているんだ?!」

早く鍵を解錠しなかったことについて怒られるのかと思ったら、意外な第一声でした。私は、毎月、顧客の声を収集し、月次報告書を作成、センター長に提出していました。てっきりセンター長は、経営層に提出しているものと思っていました。しかし、センター長は、センターの立ち上げ当初、応答率の低下やオペレータの充足率など、ほぼ毎日のように目の前に問題が発生するため、顧客の声の報告は後回しにしていたのでした。
私は常務に、毎月、センター長に提出していることを伝えると、すぐそれをまとめて再度報告するように言いました。私は、これまでの報告書をまとめ、常務に提出しました。すると、これまで改善提案していたのに全然通らなかった施策が、嘘のように次々と通るようになりました。
いつ突然、経営層がセンターにやってくるか分かりません。このため、いつ来ても対応できるように、また経営層の顔をSVはきちんと覚えておく必要があるなと思わされた事件でした。そして、同時に作成している報告書がどこまで届いているのかについても、把握しておく必要がありますね。