
AIエージェントの普及については、雇用不安やハルシネーションへの懸念が語られがちだ。しかし本質は「仕事が消える」ことではなく、「仕事の仕方が変わる」ことにある。「コールセンター知識創造の最前線へ進化する」と提唱するレクターの広木大地氏に、AIエージェントと協働する社会の展望と課題を聞いた。
──AIエージェントの浸透は、働き方や業務をどう変化させていきますか。
広木 AIがビジネスにもたらす影響という文脈では、雇用が奪われることや、生成AIのハルシネーションに対する恐怖がまず語られがちですが、それらは過度な懸念だと思います。
例えば、実際にはリーマンショックによる不況が原因だったにもかかわらず、スマートフォンの登場が雇用を奪ったかのように表現されたこともあります。今回も同様で、景気循環の中でのレイオフであるにもかかわらず、AIの影響が過剰に結び付けられている側面があります。
もちろん、現在の業務を「そのまま」やり続けることはなくなるでしょう。しかし、雇用が奪われるという点よりも、業務の転換に目を向けるべきです。AI活用を前提に、仕事の仕方そのものを変えていく必要があります。
──AIの浸透とともに、人の業務領域は縮小しますか。
広木 AIに仕事を任せられるようになったとき、空いた時間を単なる余暇に向けてしまうと、楽にはなりますが個人の成果は増えません。ツールを使用した分だけコストが上がり、成果は変わらない。これが「消える生産性」と私が新著で定義づけている現象です。多くの企業が「AIに投資したのに生産性が上がらないのはなぜか」と陥る罠がここにあります。
重要なのは、仕事の仕方を変えて、もう一段上の成果を創出していくことです。マインドセットを切り替え、新しい働き方へシフトしなければなりません。
──すでにそうした変化は起きていますか。
広木 エンジニアの働き方にはすでに変化が見られます。以前、AIが「コパイロット(副操縦士)」と呼ばれていた時期は、あくまで「人が主体、AIはサポート」という関係でした。しかしこの1〜2年で状況は大きく変わりました。
現在は、自身で作業するのではなく、複数のAIをオーケストレーション(統合的に管理)し、同時に指示を出して、AIが働きやすい環境を整えるスタイルが登場しています。あたかもひとりの担当者が、マネージャーとしてAIという部下たちを率いて部門全体の仕事を回すような、構造的な変化が起きているのです。AIエージェントは、業務の自動化ツールであると同時に、組織の仕事を再設計する“変革装置”でもあるといえます。
──AIエージェント時代に求められる能力は。
広木 従来のマネジメント能力に近いものになります。新人がすぐに仕事ができるようにマニュアルを整備したり、ワークフロー全体を最適化したりするのと同じように、「AIが動きやすいようマネジメントする能力」です。
その結果、ひとりが担える仕事の範囲が広がります。個人の業務レベルが、課長クラス、部長クラスへと一段底上げされる現象が広がるでしょう。
日々の定型的な利益を生み出す仕事はAIに任せ、人間は成長を生み出す仕事、クリエイティブな仕事、新しい顧客へのリーチ、そして改善や成長を促す仕事に注力すべきです。
──コールセンターではどのような変化が起きていますか。
広木 顧客対応の自動化によって、24時間365日、VOC(顧客の声)を取得できるようになったことは大きいです。より多くの情報を構造的に収集し、それをもとに業務アイデアを生み、CX(顧客体験)を高めるサイクルにAIを活用していくべきです。VOCを構造化して事業に還元し、顧客の成功を支援する“成長部門”へと立ち位置を変えていくのです。
どのような問い合わせが増え、どこでつまずき、どんな言葉が不安を解消したのか。そうした暗黙知をAIに移植し、再現性のある知識として循環させ、利益創出につなげる仕組みを構築することが重要です。
これまではスキルの限界で「キャンセル処理」などの事務対応に留まっていたものが、AIであれば「以前こんなことをおっしゃっていたので」という膨大な記録に基づいた提案が可能になります。顧客1人ひとりに優秀な担当営業がついている状態も実現でき、パーソナライズを超えた“おもてなし”が目指せます。AIの力を借りることで、コールセンターは「処理する場所」から「顧客のサクセスを支援する場所」へと変わっていくのです。
──オペレータの役割も高度化していきそうですね。
広木 オペレータは「AIに置き換えられる側」ではなく、「AIを現場仕様に育て、顧客体験を設計する側」へシフトしていくべきです。AIエージェント時代の主役は、むしろ現場を知る人材といえます。
AIが問題解決するために必要なナレッジを蓄積し、再購入や継続利用につなげる。イレギュラーな事象も含めて「こういうケースはどう対応すべきか」をAIに教えていく役割です。単なる解決手順だけでなく、「まずは一言謝罪を入れる」といった顧客対応のテクニックや、顧客の言い間違いに気づいてソフトな言い回しで確認するといったコミュニケーションも教え込めば、AIでも実践可能です。寄り添いや気遣いは、人間にしかできない聖域というわけではありません。
──こうした変化を推進するため組織が行うべきことは。
広木 新しいことにいち早く挑戦していく風土づくりが重要です。かつてインターネットの登場で働き方が変わりました。ネットは「知の高速道路」であり、使いこなせば大きな成果を生みます。使用する人としない人の間に大きな情報格差が生まれたことを受け、今は教育現場でも活用が進んでいます。同様に、AIを使って仕事を進めることはすぐに「当たり前」になります。それを受け入れて働き方を変えることが必要です。
課題となるのは、若手よりもベテラン人材の意識変革でしょう。若い世代から見れば「AIに任せられる仕事を、なぜ労力をかけて行うのか」という疑問が生じます。シニア層こそ、自身がAIを用いて何ができるのかを考え、新しい役割のために自身を再定義することが欠かせません。
──コールセンターの場合、個人情報やセキュリティが壁となり変革にブレーキがかかることが少なくありません。
広木 セキュリティについては誤解や過剰な不安も目立ちます。「AIを使えば個人情報が漏れる」という単純な話ではありません。因習的なセキュリティ認識も改めるべきです。たとえば、「メールで添付ファイルを送り、パスワードを別送する(いわゆるPPAP)」などは、セキュリティ上ほとんど意味がない因習の代表例です。セキュリティが重要であることは論をまちませんが、それが理由で「AIを活用できない」という結論になるのは思考停止です。
リスク管理という文脈では、AIという「機会の窓」が開いているときに取り組まないリスクの方が大きいといえます。変革期はスピードがカギを握ります。先行すれば顧客獲得につながりますが、後からでは失った顧客を取り戻すことくらいしかできません。
──今後、顧客側もAIの活用が進むなか、CXの再定義も必要になりますね。
広木 最適なCXは時代とともに変化します。いきなりすべてをAIで完結させるのではなく、まずは夜間など窓口が閉じている時間だけAIに対応させるなど、顧客に利便性を実感してもらいながら慣れてもらう期間が必要です。この過渡期においては、顧客とともにサービスを共創する姿勢が重要であり、顧客と対話する機会が最も多いコールセンターが担うべき役割は非常に大きいといえます。
(聞き手・石川ふみ)
