
「十人十色なら、馬も“十馬十色”です」。
こう話すのは、乗馬倶楽部 銀座で店長兼インストラクターを務める嶺本晃一さんだ。年齢や体格、性格が人それぞれあるように、馬にもクセやリズムがある。「だからこそ、教え方を一辺倒にはしません」と指導への思いを語る。
同店は、乗馬シミュレーターを使った乗馬レッスンを提供している。初心者から上級者と利用客は幅広く、その多くが「上達したい」という明確な目的をもって通ってくる。
実馬とシミュレーターでのレッスンにはさまざまな違いがある。中でも大きいのが、「インストラクターが騎乗者(受講者)に意識をすべて向けられる点」だという。実馬でのレッスンは事故などに備え、馬の様子や隣の馬場の動きなど、常に周囲への注意が必要になる。一方、シミュレーターではその必要がない。、騎乗者のみに100%集中できるため、細かな体の動きを見逃さずに指導できる。「(馬に気を配らずに済むため)お客様もこちらの言葉を受け取りやすく、余裕が生まれることで上達も速いです」。
嶺本さんは、「乗馬に必要なのは“余裕を持つこと”。それがシミュレーターでは実現しやすいです」と信念を語る。
乗馬は、馬の動きに随伴する必要がある。そのためには、馬の動きを察知して感じ取る感覚が重要だ。しかし、騎乗者が緊張していると、不安などから体がこわばり感覚が鈍ってしまう。「余裕を持てるかどうかは、メンタルにも関係します。自信が余裕を生み、そして初めて馬の動きを感じ取れるのです」と説明する。
そのためのアプローチ方法として、人体の骨盤の模型を使った解説を取り入れている。
「模型を動かして説明すると、騎乗時の体の動きのイメージを持ってもらいやすいと考えました」。この方式に変えてからは、「上級者の方でも、体の仕組みを理解することで、騎乗の仕方が格段に滑らかになっています」。
日々、指導の仕方を工夫する嶺本さんには、大きな手応えを感じた出来事がある。
恐怖心から数年間、初心者レベルから抜け出せず、上達をあきらめかけていた女性を担当した時のことだ。馬上では体がこわばり、常歩程度にとどまっていた。そこでまず、嶺本さんは緊張をほぐすことから始め、レッスンを進めていった。すると、1回のレッスンのあいだに、これまでに経験のなかった駈歩まで習得できた。
「その方のできている部分を言葉で伝えて、自信をつけてもらいました。すると、緊張がゆるみ表情まで変わりました」。
この“緊張をほぐす指導”の根底には、嶺本さん自身の経験がある。
オーストラリアで馬術を学んだ後、日本の乗馬クラブで働いたが、その文化の違いに疑問を抱いたという。できないことに怒鳴る指導を受けて、萎縮する騎乗者。「日本では怒る指導が当たり前な風潮があります。しかし、楽しそうに見えないレッスンでは続きませんし、上達もしません」。その考え方は、インストラクターたちへの指導にも反映されている。
現在は東京と大阪の店舗を行き来し、20名以上のインストラクターの指導も行う嶺本さん。「インストラクターは、それぞれの経験があり得意分野もあります。指導者としての資格も保有しているのだから、個性を尊重して生かしたい。だからこそ“教え方のマニュアル化”はしません。ただし、言葉遣いや態度に関しては一切妥協しません。お客様に怒鳴るなどはもってのほか。自身の能力不足からうまく伝えられず、怒鳴るのです。相手に合わせて教え方を変えられることこそ、インストラクターの力量です」。
店長というマネジメントの立場で意識しているのは、「上に言いやすい環境づくり」だ。どんなに忙しくとも、スタッフとの対話の時間を重視し、「スタッフがハッピーに働ける環境をつくっていきたい」と話す。
「個性豊かだけれど、お客様に上達してほしいと願う一生懸命なメンバーたち」。嶺本さんは、このようにスタッフたちを評し、「長く一緒に働いていきたい」と語る。そのまっすぐな姿勢が、現場の安心感にもつながっている。
