「学生時代は人見知り。それを克服しようと思って、ビールの試飲販売の仕事をはじめたのが、接客業との出会いです」
満面の笑顔でこう語る板本重美さんに、人見知りの面影はもうない。
ビールの試飲販売という、自ら知らない人に積極的に話しかける仕事は、最初、緊張感が抜けなかったが、「一生懸命、伝えようとがんばってくれているから」と1人の顧客がビールを1ケース買ってくれたことがきっかけで、力が抜けたという。
「つたない説明でも、目の前にいる方のためにできることをすればいいと気が付き、楽しく接客できるようになりました」(板本さん)
その後、さまざまな店舗で販売を経験し、とよすに入社。かきたねキッチンに配属となり、現在はエキュート上野店の店長を務め、後輩指導にもあたる。
駅構内の店舗ということもあり、大型連休や長期休暇の期間は、帰省前の手土産を購入する人が増える。繁忙期は、チームワークを発揮し、効率的な接客を行う。レジ、商品管理、列の管理など担当に分かれ、スピーディに対応する。声出しやアイコンタクトで密に連携しながら、顧客が気持ちよく買い物できる環境を整える。
閑散期は、じっくり商品を選ぶ顧客が増える。チーズやサワークリームオニオン、わさびなどさまざまな風味のラインナップがあり、季節限定商品もある。どれにしようか悩んでいる顧客に、板本さんはすかさず声をかける。
まずは、「お悩みですか」と話しかけ、「ちなみに」と話題を拡げる。「ちなみに、何を飲まれますか」と商品と合わせる飲み物を聞き、おススメを絞り込む。
板本さんは、「同じビールでも、重めのクラフトビールであれば、チーズやスモークを勧めます。私自身もお酒が好きなので、組み合わせを楽しんだ経験を接客に活かしています」と話す。
話しかける際には、試食も勧める。「食べてもらえれば商品の良さをわかってもらえる」と板本さんは自信を見せる。
感染症流行によって試食ができなかった時期は、商品の特徴をさまざまな表現で伝えることを模索した。「チーズはオリジナルブレンド」「うるち米を使用し、生地のパリッと感が特徴」など説明に工夫を凝らしたが、試食を口に入れた瞬間の顧客の表情を超える反応を得ることは難しかった。試食が解禁されたことで、商品の美味しさをその場で顧客と共有できる醍醐味を改めて実感している。
無理に売ろうとするのではなく、商品の魅力を素直に伝えるのが板本さんの接客だ。
価格について「高いね」と言われれば、「そうですよね」と返す。実際、スーパーなどに並ぶかきのたねと比べ多少値段が高い。その分、風味と美味しさがある。それを真摯に伝え、購買につなげる。
顧客との会話を楽しみ、“友達”のような関係になるリピーターも多い。プレゼント用に購入する常連客からは、プレゼントした相手の反応を聞き出す。「こうして食べるとおいしかった」「前のバージョンより美味しくなっている」などさまざまな意見を聞いて、それを次の接客に活かす。
積み重ねた接客の経験は、外部評価機関からも高く評価された。2023年、日本ショッピングセンター協会主催の第29回SC接客ロールプレイングコンテストに出場。全国大会への進出が決まると、店舗があるエキュート上野の社員が大会に備えロールプレイングの相手をしてくれたり、大会にも応援に駆けつけてくれた。結果、準優勝に輝いた。
国内店舗をいくつか渡り歩いた板本さんはインバウンドを含めた海外の顧客に向けた販売にも関心を持つ。
英語は苦手だが、どの国の顧客にも気後れすることなく話しかける。アレルギーなど大事な単語だけは注意するが、そのほかは笑顔と相づちでコミュニケーションを楽しむ。
「お米からいろいろな商品が生まれる。この驚きを海の向こうのお客さまにも伝えていきたい」と板本さんは目を輝かせ、将来を展望した。