コンタクトセンター・レベルアップ講座 第1回


顧客に選ばれるサービスを目指す
ソーシャル時代で変わった「評価のモノサシ」

著者:消費者の声研究所増田由美子
この著者の講座はこちら

SNSの爆発的な浸透や大量のデータ分析を可能とする技術革新は、消費生活のパラダイムシフトをもたらした。消費者と企業の関係は一変し、多くの企業がビジネス・モデルの変革を迫られている。こうしたダイナミックな環境変化のなかで、コンタクトセンターはどうレベルアップを図るべきだろうか。CS/顧客視点のセンターマネジメントと、センターの経営貢献との関係を紐解きながら分かり易く解説していく。


 「顧客満足(CS)」「ワン・トゥ・ワン」「ロイヤルティ」「顧客経験価値」――今なお、ビジネストレンドやビジネスの重要テーマには、2000年前後からすでに取り上げられてきたワードが頻出している。

今なお、「CRM(個客との関係性強化)」や「CS」が重要テーマになっているのは何故か。

本論の『CS/顧客視点からのセンターマネジメント』に入る前に、これを整理しながら、少し大きな視点から、コンタクトセンターに対する経営要求の変化についてもみていくことにする。

ネットが社会インフラに
企業は業務効率化を推進


1995年、『ワン・ツー・ワン マーケティング』(ドン・ペッパーズ、マーサ・ロジャーズ共著)が国内で出版され、大ベストセラーになった。

2000 年ごろには、すでに多くの企業がホームページや会社案内に、「顧客満足向上」「お客さま本位」といった企業理念を掲げ、顧客との関係性を軸としたCRM や顧客満足(CS)の重要性を認識し始めていた。

当時は、インターネットの普及でネット決済を可能にした電子商取引き(e ビジネス)の仕組み化や、顧客情報の一元管理を中心とするIT 分野の進化がめざましく、それらが企業の意識変化を後押ししたと考えられる。

これを受けてコンタクトセンターも、CTI 技術の進化で、顧客DBと電話系を統合した高度な制御が可能になった。

オンラインでの基幹システム処理を含めた顧客接点業務や顧客情報を基にしたデータベースマーケティングを担えるようになり、センターの業務機能は、マーケティングからアフターサービスまで一気通貫の顧客接点業務を集約提供できる大規模・多機能型に進化していった。

 PC の普及でネットが『社会インフラ』として整備されたことで、企業はネットをビジネスインフラとして利用し、顧客フロントやバックオフィスの業務効率化や精度向上に使おうとした。いわば、企業アプローチとしての「顧客関係強化」であり「顧客志向」を進めていったのだ。


当時、IT ベンダーやコンサル会社は、欧米の先進事例をあげて、CRM や顧客志向が、商品が売れないデフレ飽和市場での差別化には必須であるとリードした。

だが、企業サイドでは、CS 向上と業績との明らかな関係性や効果を判断しきれなかった。

さらに、チャネル間の組織障壁もあり、全社のマーケティング改革やCS 向上のために投資するよりも、むしろ新たなダイレクトチャネルとしての通販・ネット販売の受注センターや、販売後のアフター&カスタマーサービスの業務効率化、アウトソーシングでのコスト削減といった部分にセンター投資の関心事はシフトした。

これが、この分野の2000 年代を総括した姿であろう。

共感、透明性、社会貢献
企業活動もソーシャル化


2008 年のリーマンショック以降、金融資本主義は行き詰まり、グローバル化の波が押し寄せ、Facebook やTwitter に代表されるSNS が爆発的な普及した。

ちなみに、Facebook のユーザー数は、2012 年10 月には10 億人を突破(HP 公式発表)し、国内推定ユーザー数は1500 万人前後を推移している。

スマートフォンやタブレット端末の急速な普及は、買物・手配・手続き・娯楽などあらゆる生活シーンでの圧倒的な利便性で、ネットが人々の『生活インフラ』となり、今やネット利用者は世界で23 億人とも云われ、グーグルは、世界人口70 億人のネット化を目指すと表明している。

ソーシャルメディアの登場とネットの進展が、人々の価値・行動規範にも影響を与えていることは、「アラブの春」や、震災経験後の国内を見ても明らかだ。

目に見えにくかった共感・信頼・感謝といった「感情」をともなった人との関係(つながり)を価値軸とするパラダイムシフトは、ビジネスの世界にも、貧困・経済格差をビジネスとして解決しようとするBOP(Base of Pyramid)ビジネス、マイクロクレジットのような社会貢献型ビジネス、顧客と企業との経験価値を新たなビジネス創出につなげていく価値協創型ビジネスなどの新しいビジネスモデルを次々に生み出している。

人々は日常的に情報を共有し、共感し、時に行動もする。 企業も個人もウソがつけず、透明性を求められる、まさに『ソーシャルな時代』である。

2010 年にFacebook のマーク・ザッカーバーグC E O は、Web2.0 サミットで、「2015 年までに、ほとんどの企業は、ソーシャルエンタープライズとなるべく再構築されるであろう」と述べている。

『ソーシャルエンタープライズ』とは、ソーシャルな時代では、事業活動そのものが、何らかの社会性(社会全体の生産性や質の向上に寄与できるという意味)を必然として持つということだ。以前の社会貢献が、本業とは別に直接的なボランティアやメセナ活動を主に指していたのに対して、本業そのもので、「人々の生活をより良くする」ことに自社ビジネスを組み替えていくことへとシフトしている。

「つながり」が購買を促す
“個客”“CRM”に再脚光


結果を見てみると、国内の購買行動の変化も明確に表れている。

2012 年10 月におけるスマートフォンの所有者は、前年から倍増しており、ネットでの情報検索(商品・価格・口コミ比較・SNS コメントなど)をしてから購買する消費者が60 代を含めても6割を超えているという。

購買判断の基準は、明らかに「企業からの情報」から、「消費者間評価や自身の情報」に移っている。

こうなると、効果が明確でなかった2000 年代の頃とは異なり、企業は人と人との「つながり」に、自然な形で組み込まれることを何とか目指していかなければならない。

「ネットとリアルサービスの融合」「興味・関心を通しての個人と企業のつながり」が現実の購買行動として顕著に表れてきているのが、まさに今だ。

企業経営の視点から見ると、こうした実際の購買行動にまで変化をもたらしてくると、生活者や個客を理解し、一緒に経験を共有できるような事業のやり方や仕組みに実体として組み替えていかなければならない必然がついに出てきてしまったというのが、本音であろう。

だから、今また「個客」や「CRM」の言葉が改めて浮上してきているのだ。

昨年のI B M CEO サーベイのレポートには、経済活動は地域を超えて連結していることや、ソーシャルメディアの広がりによって「人々( 生活者)が、重要なステイクホルダーであ り、自社の顧客であり、社員でもある」とあり、好業績企業のトップは、顧客・社員・取引先との「つながりによる優位性の構築」を目指していると指摘している。

大変興味深いレポートである。

過去のビジネス環境の変化と、現在進行形の「世界中の人々の生活そのものがネット化する世界」へのパラダイムシフトの違いを改めて整理した。

図1で俯瞰的に示している。



上質な顧客経験で差別化する
CEMでロイヤルティを醸成


図2は、「ブランド理念が業績と直結する」ことを解説した、ステンゲル・ジムの著書「GROW 本当のブランド理念について語ろう - 『志の高さ』を成長に変えた世界のトップ企業50」から引用しまとめたものだ。


ジム氏は、著名なマーケッターのジム・ステンゲルで、10年間の追跡調査の結果から、企業成長の源泉は、「志の高さ(彼はそれを『ブランド理念』と表している)」であり、それは人間にとって大切な5つの価値観のどれかに関わることを導き出し、そのモデルを構築するための5つのルール(発見・構築・発信・提供・評価)を提唱している。

CSやブランド醸成が、業績と直結していることを真正面から説いている本はまだ非常に少ないのではないだろうか。

発信・提供の中でコンタクトセンターが中軸の役割を担っている企業も紹介されている。

環境の変化で、CRMやCSの企業にとっての重要性と意味することのインパクトや、もたらす結果の大きさは全く変わってきてはいるが、根本の考え方と定義そのものが変わった訳ではない。

ここで改めて、「CS経営」の考え方(ロジック)と定義をしておく。  事前期待とCS(顧客満足)の関係を不等式で表したTARP社ジョン・グッドマンのCSの公式(図3)はシンプルかつ本質を示したまさにCSの原理原則である。



企業とのさまざまな接点で経験する顧客満足の度合いは、意識するしないにかかわらず事前期待に対する比較衡量で決まり、その経験品質の累積がその企業に対するロイヤルティを醸成する。

ロイヤルティが醸成されて初めて再購買や他者推薦・口コミに繋がる。

企業にとっては、主要な接点ごとに顧客がいかに良い・上質な顧客経験を積み上げられるかが差別化になってくる。

これが、CEM(Customer Experience Management )の考え方である。

そして繰り返しになるが、事前期待のマネジメントや顧客経験の意味合いをソーシャル時代に合ったものにしていく必要はあるが、根本の論理は不変である。

企業が提供する商品・サービスの価値は、その企業のあらゆる業務機能やプロセス、活動の結果として提供されている。

従って提供されている商品サービスの価値を生活者の評価基準・物差しを使って測り直し、うまく合ってないところ(業務機能やプロセス、人の問題点など)を直していけば、自ずと企業活動全体がお客様・市場(生活者)を起点に廻っていくことになるのである。

つまり、CS経営とは、「生活者の評価基準(物差し)で企業活動を変革し続けていく経営」であると定義できる。

ここで気をつけておくべきは、前段で解説したソーシャル時代の特長として、生活者の中には、自社社員や取引先も当然含まれるということだ。

これまでは、自社ユーザーや見込み客だけの狭い対象で考えがちだった評価物差しの主体を、今後は拡げて捉えることが重要だ。

膨大な量の消費者間の自社にかかわる口コミや、生活者としての視点も含めた社員の声などがこれにあたる。

「ソーシャルリスニング」の重要性が新たに加わったということである。

生活者の生み出す膨大な量と多様なタイプのデータをいかに企業経営に活かしていくか。

ビックデータ活用の研究や業務適用は堵についたばかりだが、ソーシャル時代を生き抜くため、「個客と価値観を共有してCSやロイヤルティを醸成できる」「個への対応ができる」「膨大なVOCから企業活動の問題を抽出できる」といった顧客・市場接点を作らなければいけない時代になりつつある。

そうした環境下で、IT活用が最も進んでいて、分析ツールや人を持っているコンタクトセンターに経営から要求されることは、業務効率化と同時に、企業活動全体のソーシャル化に向けたフロントライン(現場)となることである。

次回は、CSマネジメントの構造モデルと、センターの関係についてみていく。

(コンピューターテレフォニー2013年6月号掲載)

第2回はこちら

この連載の一覧はこちら

2024年01月31日 18時11分 公開

2013年10月10日 15時42分 更新

その他の新着記事